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第1回 経営者のための相続・事業承継 ~見落としやすい相続財産——死亡保険金・死亡退職金と社長貸付金~

経営者の相続では、預貯金や不動産、自社株式といった目に見える財産だけでなく、日ごろ意識されにくい財産が課税対象に含まれてきます。その代表例が、会社の資金繰りを支えるために社長が会社へ貸し付けたお金、いわゆる「社長貸付金」です。

会社の帳簿には「役員借入金」として計上され、社長個人から見れば会社に対する債権にあたります。「自分の会社に自分のお金を貸しているだけ」と考えて放置されがちですが、相続が起きたときには相続財産として評価され、遺族の納税負担に直結します。

今回は、経営者の相続財産の全体像を確認したうえで、社長貸付金の評価のルールと、生前に検討できる整理の手法について解説します。


ポイント① 相続財産には「みなし相続財産」も含まれる

相続税の対象となる財産は、預貯金・不動産・有価証券といった被相続人が生前から所有していた財産(本来の相続財産)だけではありません。被相続人の死亡をきっかけに相続人が受け取る財産のうち、実質的に相続財産と同様の経済的価値を持つものは、「みなし相続財産」として相続税の課税対象となります。

経営者の相続で関わることが多いのは、次の2つです。

死亡保険金 被相続人が保険料を負担していた生命保険契約に基づき、相続人が受け取る保険金
死亡退職金 被相続人の死亡により支給される退職手当金等で、死亡後3年以内に支給が確定したもの

いずれについても、相続人が受け取る場合には非課税枠が設けられています。

死亡保険金の非課税限度額 500万円 × 法定相続人の数
死亡退職金の非課税限度額 500万円 × 法定相続人の数

この2つの非課税枠は別々に計算されるため、法定相続人が3人であれば、死亡保険金で1,500万円、死亡退職金で1,500万円と、合計3,000万円まで非課税で受け取れる計算になります。ただし、非課税枠が使えるのは相続人が受け取った場合に限られ、相続を放棄した人や相続人以外の人が受け取った場合には適用されません。

会社から支給する死亡退職金については、法人税法上、不相当に高額な部分は損金に算入されないという別の論点もあります。役員退職金規程の整備を含め、会社側の処理とあわせて設計しておくことが必要です。


ポイント② 社長貸付金は原則として「額面」で評価される

本題である社長貸付金の評価に移ります。貸付金債権の相続税評価は、財産評価基本通達204により、元本の価額と課税時期までの既経過利息の合計額とされています。同族会社への貸付けでは無利息とされていることが多いため、実務上は会社の帳簿に計上されている役員借入金の残高が、そのまま評価額になるのが通常です。

ここで問題になるのが、会社に返済能力がない場合です。たとえば社長が自社に5,000万円を貸し付けており、会社は赤字が続いていて返済の目処が立たないとします。社長本人が「返してもらうつもりはない」と考えていたとしても、その意思だけで評価額が下がることはありません。相続税の課税対象としては、原則として5,000万円の債権として評価されます。

その結果、遺族の手元に現金が入らないにもかかわらず、その分に対応する相続税だけを現金で納めなければならない事態が生じます。

回収不能な場合の例外規定

もっとも、例外がまったくないわけではありません。財産評価基本通達205は、債権金額の全部または一部について、課税時期において一定の事実に該当するとき、その他その回収が不可能または著しく困難であると見込まれるときは、その金額を元本の価額に算入しないと定めています。

通達に列挙されている事実には、手形交換所において取引停止処分を受けたとき、会社更生法の規定による更生手続開始の決定があったとき、業況不振のためまたはその営む事業について重大な損失を受けたためその事業を廃止しまたは6か月以上休業しているときなどがあります。

注意が必要なのは、これらに該当しない場合の「回収が不可能または著しく困難であると見込まれるとき」の判断です。この点については裁判例・裁決例が積み重なっており、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であることが求められます。単に債務超過である、赤字が続いているというだけでは足りず、事業を継続している会社への貸付金について評価額をゼロとすることは、実務上は容易ではありません。また、これらの事実は課税時期において存在している必要があり、相続開始後に該当することとなっても認められません。

つまり、実務の前提としては「原則として額面で評価される」と考えたうえで、生前の対策を検討することになります。


ポイント③ 社長貸付金を整理する3つの手法

社長貸付金を生前に圧縮・整理する手法として、実務では主に次の3つが検討されます。いずれも一長一短があり、会社の状況によって適否が分かれます。

手法① 債権放棄

社長が会社に対して債務の免除を通知し、貸付金を消滅させる方法です。手続き自体は簡便ですが、2つの税務リスクがあります。

1つは、会社側で債務免除益が益金に算入されることです。繰越欠損金が十分に残っていれば相殺できますが、相殺しきれない部分には法人税が課されます。放棄する金額と繰越欠損金の残高を事前に確認し、必要に応じて複数年に分けて放棄することが検討されます。

もう1つは、他の株主に対する「みなし贈与」です。債務免除によって会社の純資産価額が増加すると、自社株式の価額が上昇します。同族会社に対して債務の免除等があり、それによって株式の価額が増加した場合、その増加した部分に相当する金額は、債務免除等をした者からの贈与によって取得したものとして取り扱われます(相続税法第9条、相続税法基本通達9-2)。後継者などがすでに株式を保有している場合、その株主に贈与税が課される可能性があります。

手法② 債権の生前贈与

会社に対する貸付金という債権そのものを、後継者や子へ贈与によって移転していく方法です。会社側で債務免除益が生じず、他の株主へのみなし贈与の問題も生じません。

ただし、暦年課税の基礎控除(受贈者1人につき年110万円)の範囲で進める場合、数千万円規模の貸付金を整理するには長い年月がかかります。また、令和6年1月1日以後の贈与については、相続財産に加算される期間が3年から7年へ段階的に延長されている途中にあり、今後は相続が近い時期の贈与ほど圧縮効果が生じにくくなっていきます(加算期間の推移と相続時精算課税制度との使い分けについては、第6回で詳しく解説します)。

さらに、債権が分散すると、贈与を受けた側が会社に対して返済を求める立場に立つことになります。将来の資金繰りや親族間の関係に影響するため、贈与先の選定は慎重に行う必要があります。

手法③ DES(デット・エクイティ・スワップ)

社長が有する貸付金債権を会社に現物出資し、その対価として会社が発行する株式を受け取ることで、負債を資本に振り替える方法です。貸借対照表から借入金が消え、自己資本が厚くなるため、金融機関の評価が改善する効果があります。

「振替えるだけ」ではない——債務消滅益が生じる仕組み

DESは、借入金を直接資本金に振り替える処理ではありません。法形式としては金銭債権の現物出資であり、会社が自社に対する債権を取得することで、混同により債務が消滅するという構成をとります。

ここが税務上の論点につながります。法人税法上、現物出資により増加する資本金等の額は、給付を受けた資産の価額、すなわち時価によることとされています。一方、消滅する債務は帳簿価額(額面)で落ちます。この差額が債務消滅益として益金に算入され、繰越欠損金で相殺しきれなければ法人税が課されます。帳簿上の振替えであって現金が増えるわけではないため、納税資金の手当てが別途必要になります。

混乱しやすいのは、対比される2つの数字の性質が異なる点です。会社の帳簿に計上されている役員借入金は、返済義務の名目額であり、額面以外では計上されません。これに対して現物出資される債権の時価は、債務者である会社の弁済能力を反映した実質的な価値です。会社が債務超過で返済の見通しが立たなければ、額面5,000万円の債権であっても、その時価は額面を下回ります。

なお、会社法では、弁済期が到来した金銭債権について、払込価額がその債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合には検査役の調査を省略できるとされており、額面での処理が認められています。しかし税務上の取扱いは別であり、この違いが誤解のもとになっています。

債務超過でなければ問題にならない

裏を返せば、会社に十分な弁済能力があれば、債権の時価は額面と一致し、債務消滅益は生じません。財務改善を目的として健全な会社でDESを行う場合には、この論点は生じないことになります。検討にあたっては、まず自社が債務超過かどうかを確認することが出発点となります。

債権の評価には第三者の関与が必要

債務超過の会社で実行する場合、債権の時価をいくらと見るかが、会社の法人税等の負担額を左右します。法令上、評価を行う者の資格要件は定められていませんが、税務調査で問題となり得る金額であるため、実務では公認会計士や税理士による評価を取得します。会社の資産を時価に洗い替えた実態純資産の把握や、事業計画に基づく将来の弁済可能額の見積りが必要となるためです。

評価報酬に加え、募集株式の発行にかかる登記費用も生じます。債権放棄や生前贈与と比べて手続きが重く、実行コストがかかる点も、選択にあたっての判断材料になります。

このほか、DESにより新株を発行すると持株比率が変動するため、後継者の議決権割合への影響もあわせて検討する必要があります。

また、債務消滅益が生じる場合には、消滅した債務の額に見合う株式が発行されないため、その差が既存株主の持分価値を押し上げます。他の株主がいる場合には、債権放棄と同様にみなし贈与の問題が生じ得ます。


ポイント④ 実務では組み合わせで考える

ここまで見てきた通り、社長貸付金の整理に万能の手法はありません。繰越欠損金の残高、現在の自社株評価額、他の株主の構成、後継者の持株比率といった要素によって、適切な手法は変わります。実務では単一の手法に頼るのではなく、複数の手法を組み合わせ、複数年にわたって段階的に進めることが多くなります。

また、対策が完了する前に相続が発生する可能性にも備えておく必要があります。ポイント①で触れた死亡保険金は、非課税枠の範囲内であれば相続税の課税対象から外れたうえで、遺族に現金として渡ります。貸付金に対応する相続税の納税原資として、あらかじめ確保しておく設計は有効です。

まずは自社の決算書における役員借入金の残高を確認し、それが個人の相続財産としてどの程度の規模になるのかを把握するところから始めることをおすすめします。


まとめ

相続税の対象には、死亡保険金・死亡退職金といった「みなし相続財産」も含まれる。いずれも「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠が別々に設けられている
社長貸付金は、財産評価基本通達204により原則として元本の額で評価される。回収不能な場合の例外規定(同205)はあるが、債務超過や赤字というだけでは適用されない
整理の手法には、債権放棄(債務免除益とみなし贈与のリスク)、債権の生前贈与(時間がかかる・生前贈与加算の期間が7年へ延長中)、DES(債務超過の会社では債務消滅益が生じるほか、債権の評価や登記に実行コストがかかる)があり、いずれも一長一短がある
単一の手法に依存せず、会社と個人の税務を横断的に確認したうえで組み合わせを検討する。あわせて、納税原資としての死亡保険金の確保も有効

次回(第2回)は、相続税の計算の出発点となる「基礎控除」の仕組みと、法定相続人の数え方について解説します。相続人を増やすための養子縁組には税法上の制限があり、また一次相続で税負担を抑えすぎると二次相続で負担が重くなることがあります。世代を通じた税負担の考え方をお届けします。

※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。