お知らせ NEWS

第11回 経営者のための経営分析実践[応用編] ~大口の割引注文は受けるべきか?「差額収支分析」と「機会利得」~

CVP分析では「限界利益」の重要性や目標利益から売上高を逆算する方法をお伝えしてきました。今回はこれらの知識を応用して、経営者が日々直面する「A案とB案、どちらを選ぶべきか?」という具体的な意思決定の領域に入ります。

多くの経営者が一度は頭を悩ませる「大口の割引注文を受けるべきか否か」というリアルな問題を、「差額収支分析」という強力なツールを使って論理的に判断する方法を解説します。


ポイント① 赤字の注文? 現場と経理の対立

ある中堅金属部品メーカー(F社)の営業部長が、興奮気味に社長に報告してきました。

「社長、大手製造業者のS社から、ウチの主力製品である『精密金属部品』を2,000個作ってほしいと大口の注文が入りました!ただ、通常1個20,000円のところを今回は新規取引の特別価格として『2割引の16,000円』で納品してほしいとのことです。さらに、S社の工場への特別配送費として10万円が別途かかります」

これを聞いた経理部長が難色を示しました。「社長、その注文は受けるべきではありません。すべての経費を割り掛けると、1個あたりの総コストはだいたい18,000円になります。それを16,000円で売るなんて、売れば売るほど赤字になるだけです。しかも追加の配送費までかかるなんて論外です」

さて、社長であるあなたは、この2割引の注文を受けるべきでしょうか、それとも断るべきでしょうか。


ポイント② 意思決定の武器「差額収支分析」の考え方

「1個あたりの総コストが18,000円だから、16,000円で売ったら赤字になる」という経理部長の主張は一見正しそうに聞こえます。しかし、管理会計の意思決定においては、この考え方は間違っています。

なぜなら、既存の総コストの中には、売上が増えようが減ろうが金額が変わらない「固定費(工場の家賃や従業員の基本給など)」がたっぷりと含まれているからです。この注文を受けようが受けまいが、会社全体として支払うべき固定費の総額は変わりません。変わらないコストを意思決定の判断材料に入れてしまうと、判断を誤ります。

そこで登場するのが「差額収支分析」です。ある意思決定によって「新たにどれだけ売上(キャッシュ)が増え、新たにどれだけコスト(キャッシュ)が出ていくか」という差額(増減)だけを抜き出して比較する手法です。この選択によってもたらされる利益の増加額を「機会利得」と呼びます。


ポイント③ 限界利益を使ってシミュレーションする

F社の精密金属部品のコスト構造を変動費と固定費に分解した上で、差額収支分析を行ってみましょう。

通常販売価格 20,000円
変動費(材料費・加工費など) 6,000円
通常時の限界利益 14,000円(20,000円-6,000円)
今回の特別販売価格 16,000円(2割引)
特別注文の限界利益 10,000円(16,000円-6,000円)

次に、「受注する(A案)」と「受注しない(B案)」の2案を差額収支で比較してみましょう。

  A案:受注する B案:受注しない 差額(A-B)
売上の増加 16,000円×2,000個=32,000,000円 0円 +32,000,000円
変動費の増加 6,000円×2,000個=12,000,000円 0円 -12,000,000円
追加固定費(特別配送費) 100,000円 0円 -100,000円
利益への影響(機会利得)   +19,900,000円

経理部長は「総コストが18,000円だから赤字だ」と主張していましたが、差額収支分析を行ってみると、この注文を受けることで「会社全体の利益が1,990万円も増加する」という全く逆の結論が導き出されました。工場に生産能力の余裕がある場合、既存の固定費は通常営業の限界利益ですでに回収されていると考えます。追加の注文は「限界利益がプラスになり、追加の個別固定費を賄える限り、受けた方が会社は儲かる」のです。


ポイント④ 数字だけでなく「定性的要因(リスク)」も考慮する

「1,990万円も利益が増えるなら、絶対にこの注文を受けるべきだ!」と即答するのは少し早計です。管理会計の数字はGOサインを出していますが、数字に表れない「定性的要因(リスク)」もしっかりと考慮しなければなりません。

  • 「S社に16,000円で納品した」という情報が市場に漏れ、既存の優良顧客からも値下げ圧力がかかり、会社全体の価格破壊(値崩れ)が起きる危険性はないか
  • 納品直後にS社が倒産し、売掛金がすべて焦げ付いてしまう貸倒損失のリスクはないか
  • この特別注文で工場をフル稼働させた結果、正規価格(20,000円)での優良顧客からの急な注文を断らざるを得なくなる機会損失が発生することはないか

差額収支分析が提示する「+1,990万円の機会利得」という明確な数字と、こうした「将来のリスク」を天秤にかけ、最終的な経営判断を下すこと——これこそが、数字を使いこなす経営者の真骨頂です。


まとめ

大口の割引注文を受けるかどうかの判断は、既存の「総コスト」を基準にしてはいけません。意思決定によって生じる「売上の増加分」と「変動費+追加固定費の増加分」だけを比較する「差額収支分析」を用いて機会利得を計算しましょう。そして最後は、数字には表れないビジネス上のリスクも踏まえて総合的に決断することが重要です。

自製か外注かの意思決定・予算管理と差異分析など、引き続き実践的なテーマを今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。