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第4回 経営者のための相続・事業承継 ~遺産分割が間に合わないとどうなるか——申告期限と納税の選択肢~
経営者が亡くなったとき、遺族は会社の運営を維持しながら、限られた期間で相続の手続きを進めることになります。相続税の手続きには厳格な期限が定められており、これを過ぎると受けられたはずの特例が使えなくなることがあります。
とくに経営者の相続では、財産の大部分を自社株式や事業用不動産が占めるため、分け方の合意に時間がかかりがちです。申告期限までに遺産分割が成立しない「未分割」の状態は、税負担の面で大きな不利益をもたらします。
今回は、相続開始後の手続きの期限と、遺産分割が成立しない場合の対応、そして納税資金が不足する場合の選択肢について解説します。
ポイント① 「4か月」と「10か月」の2つの期限
4か月以内 被相続人の準確定申告
所得税は通常、翌年の2月16日から3月15日までに本人が確定申告を行いますが、年の途中で亡くなった場合には、相続人が相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に、被相続人の所得税および復興特別所得税の申告・納税を行います。被相続人が消費税の課税事業者であった場合には、消費税についても同様です。
経営者の場合、次のような所得について準確定申告が必要になることが多く、見落としに注意が必要です。
| 給与所得 | 死亡日までに支給された、または支給が確定していた役員報酬 |
| 不動産所得 | 個人名義で自社や第三者に貸し付けている土地・建物の賃料収入 |
| 雑所得 | 第1回で解説した社長貸付金について、会社から支払われていた利息 |
準確定申告書は、相続人等が2人以上いる場合、各相続人等が連署により提出します。連署が難しい場合には、他の相続人等の氏名を付記して各人が別々に提出することもできますが、この場合には、提出した相続人等が他の相続人等に申告した内容を通知する必要があります。
また、医療費控除や社会保険料控除などの所得控除は、被相続人が死亡の日までに支払った金額が対象となります。死亡後に相続人が支払った医療費は準確定申告の対象外となり、要件を満たせば支払った相続人自身の医療費控除の対象となります。支払時期によって扱いが変わるため、日付の確認が必要です。
10か月以内 相続税の申告・納税
相続税の申告と納税は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行います。
10か月は一見長いようですが、経営者の相続では準備に時間がかかります。出生から死亡までの戸籍の収集、各金融機関からの残高証明書の取得、不動産の現地調査と評価、そして第5回で解説する自社株式の評価。これらの基礎資料が揃うまでに数か月を要するのが通常です。実際に分割の協議に充てられる期間は、それほど残らないことが多くなります。
ポイント② 遺産分割が成立しないと特例が使えない
申告期限までに遺産分割が成立しない場合でも、申告期限が延長されることはありません。相続税法第55条(未分割遺産に対する課税)により、分割されていない財産については、各共同相続人等が民法の規定による相続分に従って取得したものとして課税価格を計算し、いったん申告・納税することになります。これを実務上、未分割申告と呼びます。
この場合、次の特例が当初の申告では適用できません。
| 配偶者の税額軽減 | 実際に配偶者が取得した財産についてのみ適用されるため、未分割では使えない |
| 小規模宅地等の特例 | 第3回で解説した80%減額等が適用できず、減額前の評価額で課税される |
この2つについては、後日分割が成立すれば、ポイント③で解説する手続きにより遡って適用を受けることができます。いったん多額の納税が必要になるという資金繰りの問題は残りますが、税負担そのものは後から取り戻せる余地があります。
事業承継税制は取り戻せない
一方、性質がまったく異なるのが事業承継税制(非上場株式等についての相続税の納税猶予)です。
この制度は、申告期限までに後継者が株式を取得し、期限内申告書に所定の記載をして必要書類を添付することが要件とされています。未分割の状態では、この要件を満たせないため適用できません。
そして、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例と異なり、後日分割が成立しても遡って適用を受ける仕組みが設けられていません。つまり、申告期限までに後継者への株式の帰属が決まっていなければ、その相続について納税猶予を受ける機会は失われます。自社株にかかる相続税が猶予されないまま確定するため、影響は税額だけでなく、経営権の承継そのものに及びます。
第7回で解説するとおり、特例措置には令和9年12月31日という実行期限もあります。相続が発生してから分割協議が長引けば、やり直す機会すら残らない場合があります。
数値で見る負担の差
課税価格の合計額3億円、相続人は配偶者と子2人の計3人という前提で計算します。基礎控除4,800万円を差し引いた課税遺産総額は2億5,200万円となり、これを法定相続分で按分して計算した相続税の総額は5,720万円です。
| 法定相続分どおりに分割が成立した場合 | 配偶者の負担分3,340万円は税額軽減により0円となり、納付するのは子2人分の2,380万円 |
| 未分割申告の場合 | 配偶者の税額軽減が使えないため、5,720万円を全額納付 |
この例では、分割が成立しないことにより3,340万円を余分に納付することになります。実際には小規模宅地等の特例も使えないため、課税価格自体が大きくなり、差はさらに広がります。後日還付される可能性はあるものの、いったんは現金で納付しなければなりません。
議決権の行使ができなくなる
未分割の自社株式は、相続人全員の準共有の状態になります。会社法第106条により、共有者は権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ、原則として株主としての権利を行使できません。
相続人間の対立によりこの指定・通知ができない場合、株主総会の決議が成立しなくなり、役員の選任や計算書類の承認といった会社の意思決定に支障が生じます。相続税の問題にとどまらず、会社運営そのものが停滞するおそれがあります。
ポイント③ 未分割の場合の救済手続き
未分割で申告した場合でも、その後に分割が成立すれば、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例については適用を受けられる仕組みがあります。ただし、手続きと期限が厳格に定められています。なお、ポイント②で述べたとおり、この救済はこの2つの特例についてのものであり、事業承継税制には及びません。
① 申告期限後3年以内の分割見込書の提出
当初の相続税申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておくことが、後日の適用を受けるための前提となります。この書類には、分割されていない理由と分割の見込みの詳細を記載します。
提出を失念すると、その後に分割が成立しても配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用を受けられなくなります。
② 更正の請求
申告期限から3年以内に分割が成立した場合、分割が行われた日の翌日から4か月以内に更正の請求を行うことで、納めすぎた税額の還付を受けられます。この4か月の期限を過ぎると請求できなくなるため、分割協議書が整った時点で速やかに手続きを進める必要があります。
③ やむを得ない事情がある場合の承認申請
調停や訴訟が続いているなどの事情により3年以内に分割できない場合には、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、税務署長の承認を受ける方法があります。
提出期限は、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までです。この期間を過ぎると承認を受けられなくなるため、注意が必要です。
やむを得ない事由として認められるのは、家庭裁判所に遺産分割の調停または審判の申立てがされている場合、遺産分割をしないことについて家庭裁判所の審判や調停があった場合、遺贈に係る遺言の有効性などを争う訴えが提起されている場合などです。
承認を受けた場合には、その事由がなくなった日の翌日から4か月以内に分割し、更正の請求を行うことで、特例の適用を受けられます。
ポイント④ 金銭で一括納付できない場合
相続税は、申告期限までに金銭で一括納付するのが原則です。しかし、財産の大部分が自社株式や事業用不動産で占められている場合、納税資金が不足することは珍しくありません。
延納
金銭で一括して納付することが困難な場合に、申請により、税務署長の許可を受けて年賦で分割して納付することができる制度です。次の要件をすべて満たす必要があります。
| 相続税額が10万円を超えていること |
| 金銭で納付することを困難とする事由があり、その納付を困難とする金額の範囲内であること |
| 延納税額および利子税の額に相当する担保を提供すること(延納税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下である場合は不要) |
| 延納申請に係る相続税の納期限または納付すべき日(延納申請期限)までに、延納申請書に担保提供関係書類を添付して税務署長に提出すること |
申請後、税務署長は要件の調査結果に基づいて、延納申請期限から3か月以内に許可または却下を行います。
延納期間は、相続財産に占める不動産等の割合に応じて決まり、最長20年です。延納期間中は利子税がかかりますが、利子税の割合は各年の特例基準割合により調整される仕組みになっており、実際の負担率は年ごとに変動します。
なお、2つめの要件にある「納付を困難とする金額」(延納許可限度額)の計算方法は、令和7年度税制改正により見直されました。当面の事業経費として認められる金額が、従来の前年の事業経費の1か月分から3か月分に拡大されています。相続税については令和7年4月1日以後の相続開始分から適用されるため、従来より延納が認められやすくなる方向の改正です。
物納
延納によっても金銭で納付することが困難な場合に限り、その困難とする金額を限度として、相続財産そのものにより納付する制度です。物納に充てることができる財産には順位があります。
| 第1順位 | 不動産、船舶、国債証券、地方債証券、上場株式等 |
| 第2順位 | 非上場株式等 |
| 第3順位 | 動産 |
自社株式は第2順位であるため、第1順位の財産がある場合には、原則としてそれを優先して物納することになります。
また、管理処分不適格財産に該当する財産は物納できません。境界が明確でない土地、担保権が設定されている不動産、共有に属する不動産(共有者全員が持分の全部を物納する場合を除きます)、権利の帰属について争いがある財産などが該当します。
将来の物納を想定するのであれば、境界の確定や権利関係の整理を生前に済ませておく必要があります。相続開始後の10か月で隣接地所有者との境界確認を完了させることは、実務上かなり困難です。
まとめ
| 相続開始を知った日の翌日から4か月以内に被相続人の準確定申告、10か月以内に相続税の申告・納税を行う |
| 申告期限までに遺産分割が成立しないと、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例が当初の申告では適用できず、納税額が大きくなる。ただし後日分割が成立すれば、所定の手続きにより遡って適用を受けられる |
| これに対し事業承継税制(納税猶予)は、申告期限までに後継者が株式を取得していることが要件であり、後日分割が成立しても遡って適用を受ける仕組みがない。未分割のまま申告期限を迎えると、自社株にかかる相続税の猶予を受ける機会が失われる |
| 未分割の自社株式は準共有となり、権利行使者の指定・通知ができなければ株主総会の決議に支障が生じる |
| 配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例について救済を受けるには、当初申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求を行う |
| 3年以内に分割できない場合は、3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請書を提出しておく |
| 金銭一括納付が困難な場合は延納、延納によっても困難な場合は物納という手段がある。いずれも納期限または納付すべき日までに申請書を提出する必要がある |
次回(第5回)からは後半の事業承継編に入ります。第5回は、同族会社の承継で中心となる自社株式の評価について解説します。取引相場のない株式の評価方法である類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式の考え方と、会社規模や株主区分による適用の違い、そして評価額が高額になっている場合の対応の考え方をお届けします。
※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
