お知らせ NEWS

第6回 経営者のための相続・事業承継 ~自社株の生前贈与——暦年課税と相続時精算課税の使い分け~

自社株式を後継者へ引き継ぐ方法には、相続によるものと生前贈与によるものがあります。相続を待つ場合、その時点の評価額で課税されるうえ、遺産分割の協議が必要になります。一方、生前贈与であれば、時期と数量を自分で決めて計画的に進めることができます。

この生前贈与のルールは、令和6年1月1日を境に大きく変わりました。暦年課税では相続財産に加算される期間が延長され、相続時精算課税には新たな基礎控除が設けられています。従来の感覚のまま進めると、想定した効果が得られないことがあります。

今回は、自社株の移転における生前贈与の意味と、令和6年改正後の2つの制度の違い、そして選択にあたっての判断基準について解説します。


ポイント① 生前贈与で何が得られるのか

贈与時の価額で固定できる

贈与税は贈与時の価額により計算されます。そして、相続時に加算される場合であっても、加算される金額は贈与時の価額です。

したがって、現時点の評価額が3,000万円の自社株を後継者に贈与しておけば、その後に業績が伸びて相続時の評価額が3億円になっていたとしても、課税上の基準は贈与時の3,000万円のままとなります。後継者が会社を成長させたことが、そのまま将来の税負担の増加につながることを避けられます。

ただし、これは裏返せば、株価が下落した場合には高い価額で固定されるということでもあります。将来の業績見通しを踏まえて判断する必要があります。

議決権を早期に移転できる

生前に株式を移転しておけば、後継者は議決権の裏付けをもって経営にあたることができます。第4回で解説したとおり、相続で取得する場合には遺産分割が成立するまで株式が準共有となり、権利行使者の指定ができなければ株主総会の決議に支障が生じます。生前に移転しておけば、この問題は生じません。


ポイント② 暦年課税と「7年加算」

暦年課税は、1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与について課税する制度です。受贈者1人につき年110万円の基礎控除があり、これを超える部分に10%から55%の累進税率が適用されます。直系尊属から18歳以上の者への贈与には、特例税率という低い税率が適用されます。

相続財産に加算される期間が延長された

相続または遺贈により財産を取得した人が、被相続人から相続開始前の一定期間内に贈与を受けていた場合、その贈与財産は相続財産に加算されます。この期間が、令和5年度税制改正により3年から7年に延長されました。

令和6年1月1日以後の贈与が対象となり、加算期間は段階的に延びていきます。相続開始が令和8年12月31日までであれば従来どおり3年、令和9年1月1日以後は令和6年1月1日以後の贈与が順次加算されていき、7年分がすべて加算されるのは令和13年1月1日以後に相続が開始した場合です。

延長された4年間(相続開始前3年超7年以内)に受けた贈与については、その合計額から100万円を控除した残額が加算されます。

この改正により、体調に不安が生じてから贈与を始めるという進め方では、効果が得られにくくなりました。暦年課税による移転を考えるのであれば、早い時期から着手する必要があります。

加算の対象となるのは誰か

加算の対象は、相続または遺贈により財産を取得した人に限られます。したがって、相続で財産を取得しない孫や子の配偶者への贈与は、加算の対象になりません。

ただし、次の場合には加算の対象となります。

孫が代襲相続人となっている場合
遺言により財産を取得する場合
生命保険金や死亡退職金の受取人となっている場合(第1回で解説したみなし相続財産)

この点は現金等の移転では有効に使える場面がありますが、自社株については慎重な検討が必要です。後継者以外に株式を分散させると、将来の買戻しが困難になり、議決権の確保にも支障が生じます。本シリーズで繰り返し述べているとおり、自社株は後継者に集中させることが原則です。


ポイント③ 相続時精算課税制度の改正

相続時精算課税は、贈与の年の1月1日において60歳以上である父母または祖父母から、同日において18歳以上である推定相続人である子または孫への贈与について選択できる制度です。なお、第7回で解説する事業承継税制の特例措置の適用を受ける場合には、この範囲が拡大され、親族外の後継者への株式の贈与についても選択できます。

特別控除 累計2,500万円まで贈与税がかからない
超過部分の税率 一律20%
相続時の扱い 贈与時の価額を相続財産に加算し、納付した贈与税額を控除して精算する

この制度の適用を受けるには、最初に贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、贈与税の申告書とともに「相続時精算課税選択届出書」を受贈者の納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。この届出書の提出がなければ、暦年課税により課税されることになります。

年110万円の基礎控除が新設された

令和6年1月1日以後の贈与から、相続時精算課税にも受贈者1人につき年110万円の基礎控除が設けられました。これは累計2,500万円の特別控除とは別枠です。

この基礎控除には次の特徴があります。

年110万円以下であれば贈与税がかからず、贈与税の申告も不要(選択の届出をする年を除く)
相続時に相続財産へ加算されない
暦年課税の7年加算のような期間の制限もない

改正前は、相続時精算課税を選択すると少額の贈与でも毎年申告が必要で、贈与した財産はすべて相続財産に加算されました。この点が改善されたことで、実務上の使い勝手は大きく変わっています。

選択にあたっての注意点

一方で、次の点は改正後も変わっていません。

まず、いったん相続時精算課税を選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻すことはできません。

次に、相続時精算課税により贈与を受けた宅地については、小規模宅地等の特例を適用できません。第3回で解説した特定同族会社事業用宅地等や特定居住用宅地等の適用を予定している土地を贈与すると、その適用機会を失うことになります。

また、不動産を贈与する場合には、相続による取得と比べて流通コストが高くなります。相続では課されない不動産取得税が課され、登録免許税の税率も相続の場合より高くなります。


ポイント④ どちらを選ぶか

制度の選択は、贈与する財産の性質と将来の見通しによって判断します。

自社株の評価額が上昇していく見込みの場合

相続時精算課税により早期に移転しておくことで、贈与時の価額に固定できます。特別控除2,500万円を使い、超過部分についても20%の税率で移転できるため、まとまった株数を一度に動かすことが可能です。

株価が一時的に下がっている場合

第5回で解説したとおり、先代経営者の退任にともなう役員退職金の支給や、大規模な設備投資の直後は、自社株の評価額が下がることがあります。この時期に相続時精算課税を使ってまとまった株式を移転すれば、低い価額で固定できます。

ただし、評価額の低下を意図した行為が事業上の合理性を欠く場合には、否認のリスクがあります。この点は第5回で触れた総則6項の問題と共通します。

時間をかけて少しずつ移転する場合

相続開始まで十分な期間が見込めるのであれば、暦年課税による移転も選択肢になります。7年を超えて経過した贈与は加算されないため、早期に着手できるほど有利になります。

なお、相続時精算課税を選択した後も、年110万円の基礎控除の範囲であれば加算されずに移転できます。長期にわたる少額の移転という点では、改正後は相続時精算課税にも同様の機能があります。

収益用不動産を保有している場合

賃貸物件から生じる家賃収入は、そのまま経営者個人に蓄積され、将来の相続財産を増やしていきます。建物を後継者に贈与すれば、その後の収入は後継者に帰属し、納税資金の準備にもつながります。

ただし、前述のとおり不動産取得税等の負担が生じること、土地について小規模宅地等の特例が使えなくなる場合があることから、建物のみを贈与するなど、対象と方法を検討したうえで判断する必要があります。


ポイント⑤ 贈与の事実を残す

生前贈与が後日否認される典型が、名義株・名義預金として扱われるケースです。形式上は贈与しているものの、実質的には贈与者が管理を続けていたと認定されると、相続財産に含められることになります。

否認を避けるために必要なのは、贈与が実際に行われ、財産の管理支配が受贈者に移っていることを示せる状態にしておくことです。

贈与契約書の作成 贈与のつど、当事者双方の署名押印のある契約書を作成する
株主名簿の書換え 自社株の贈与では、名義書換請求を行い株主名簿を速やかに更新する
株主としての権利行使 株主総会の招集通知の送付、議事録への記載、配当金の受贈者口座への振込など、株主として扱われている実態を残す
財産の管理支配 贈与した預金の通帳・印鑑は受贈者本人が管理する。贈与者が保管したままでは名義預金と判断されやすい

「あえて110万円超の贈与をして申告する」という方法について

基礎控除を少し超える金額を贈与して贈与税の申告と納税を行い、贈与の証拠とするという方法が紹介されることがあります。

しかし、贈与税の申告書を提出したという事実だけで贈与があったと認められるわけではありません。贈与が成立しているかどうかは、贈与者と受贈者の意思の合致があり、財産の管理支配が実際に移転しているかによって判断されます。申告の有無は判断要素の一つにすぎず、これを行えば否認されないというものではありません。

形式を整えることよりも、上記の実態を伴わせることのほうが重要です。


まとめ

生前贈与には、贈与時の価額で固定できることと、議決権を早期に移転できることの2つの意味がある。ただし株価が下落する場合は高い価額で固定される点に注意する
暦年課税では、令和6年1月1日以後の贈与について相続財産に加算される期間が3年から7年へ段階的に延長された。7年分がすべて加算されるのは令和13年1月1日以後の相続からとなる
加算の対象は相続または遺贈により財産を取得した人に限られるが、代襲相続人である孫や、生命保険金の受取人となっている場合などは対象となる
相続時精算課税には年110万円の基礎控除が新設され、この範囲内であれば申告不要かつ相続時の加算もない。一方、暦年課税に戻せないこと、贈与した宅地に小規模宅地等の特例が使えないことには注意が必要
株価が上昇見込みの場合や一時的に下がっている場合は相続時精算課税、長期にわたる移転では両制度いずれも選択肢となる
贈与税の申告を行うことだけでは贈与の証明にならない。契約書の作成、株主名簿の書換え、財産の管理支配の移転といった実態を伴わせることが必要

次回(第7回)は、自社株にかかる贈与税・相続税の納税を猶予する事業承継税制について解説します。特例措置には期限があり、令和8年度税制改正により特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで延長されましたが、贈与・相続の実行期限は令和9年12月31日のまま変更されていません。制度の内容とあわせて、この時間軸と、猶予が打ち切られる事由についてお届けします。

※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。