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第1回 経営者のための経営戦略 ~「今日の100万円」と「2年後の100万円」は価値が違う~
前シリーズ(全15回)では、目標売上の決め方や日々の予算管理から始まり、「自製か外注か」「セールスミックス(どの商品を優先して売るか)」といった、さまざまな意思決定について学んできました。これらはすべて「いかにして向こう1年以内の短期的な利益を最大化するか」というテーマに基づいており、管理会計の世界では「業務的意思決定(戦術会計)」と呼ばれます。
今回からスタートする新シリーズでは、その「戦術」からさらに視座を高くし、「5年・10年先を見据えた中長期の投資判断」、すなわち「戦略的意思決定(戦略会計)」の世界へと踏み込みます。数百万・数千万円もする機械や設備を購入すべきか。銀行から借りるべきか、それともリースにすべきか——こうした「大きな決断」を、社長の勘や度胸ではなく、数字の裏付けをもって論理的に下すための思考法をお伝えします。
ポイント① 虫眼鏡で手元を見る「戦術」、望遠鏡で未来を見る「戦略」
CVP分析や限界利益を用いたこれまでの戦術会計は、例えるなら「虫眼鏡で手元の地図の細部をじっくり観察する」ようなものでした。数か月から1年以内という短期間を前提とするため、状況の変化が少ない「静態的な分析」と言えます。
しかし、今回から学ぶ戦略会計は違います。手元の地図から目を上げ、望遠鏡を使って「数年先にたどり着くべき大陸を捉える」ようなものです。3年・5年・10年といった長期のプロジェクトを対象とするため、絶えず変化する「動態的な分析」が求められます。そして、1年を超える長期間を扱うがゆえに、絶対に無視できない概念が新たに登場します。それが「時間概念(金利)」です。
ポイント② 究極の選択——「今すぐ100万円」か「2年後に110万円」か?
時間が経てば、お金の価値は変わります。今日手元にある100万円と、明日もらえる100万円は、厳密には「利息の分だけ違う価値」を持っています。この判断の基準となるのが「利回り」です。
ここで、社長の計数感覚を試す簡単なクイズを出しましょう。あなたの会社は余った資金を年利3%で運用できる(あるいは銀行から年利3%で借りている)とします。ある取引先から以下の2つの提案を受けました。どちらを選びますか?
| A案 | 今すぐ現金100万円をもらう |
| B案 | 2年待って、現金110万円をもらう |
「2年も待たされるのは嫌だ」という感情論はひとまず脇に置いてください。A案を選んで今すぐ100万円を受け取り、年利3%で2年間複利運用するとどうなるでしょうか。
| 1年後 | 100万円 × 1.03 = 103万円 |
| 2年後 | 103万円 × 1.03 = 約106万円(106.09万円) |
今100万円をもらって運用しても、2年後には約106万円にしかなりません。それならば、2年後に110万円もらえるB案の方が圧倒的に有利と論理的に判断できます。
ポイント③ 「未来のキャッシュ」を「今の価値」に引き直す
上記のクイズは「今の100万円を未来の価値に換算する」アプローチでした。しかし、実際に設備投資を判断する際には、これと全く逆のアプローチを使います。つまり、「将来手に入るお金は、現時点でいくらの価値があるのか?」を計算するのです。これを「現在価値」と呼びます。
将来手に入るお金から金利の分を差し引いて今の価値を計算すること——これを「割り引く」と表現します。この、未来のキャッシュを利子率で割り引いて現在価値を算出する「DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法」が、戦略会計における中心的な思考ツールとなります。ただしその精度は、将来キャッシュフローの予測と割引率の設定に大きく依存します。
ポイント④ 乳牛の価値に学ぶ「会社の価値」
「将来のお金を現在の価値に割り引く」という考え方は、会社そのものの価値(企業価値)を測る際にも使われます。わかりやすい例え話で考えてみましょう。
ここに、1頭の立派な乳牛がいます。この乳牛の「価値」はいくらでしょうか? 今すぐ食肉加工業者に売却すれば50万円になるかもしれません。しかし、牧場で大切に育て、毎日ミルクを搾って売り続ければ、向こう5年間で合計300万円のキャッシュを稼ぎ出してくれるかもしれません。
会社もこれと全く同じです。今ある資産をバラ売りした価値ではなく、「会社が将来稼ぎ出すキャッシュフローの現在価値の総和」こそが、真の企業価値(事業価値)となるのです。
ポイント⑤ 価値の基準は「利益」ではなく「キャッシュ」
新シリーズを通じて忘れてはならない大原則があります。戦略会計における絶対的な価値基準は「利益」ではなく「キャッシュフロー(現金の出入り)」だということです。
新しい機械を買えば、決算書上は「減価償却費」が計上されて利益が減ります。しかし減価償却費は「お金が出ていかない費用(非資金費用)」です。数年がかりの設備投資プロジェクトを評価するにあたって、会計上の利益に一喜一憂してはいけません。実際に会社から出ていく現金(投資額)と、将来入ってくる現金(回収額)の現在価値を比較し、最終的に手元のキャッシュが増えるかどうかを判断の軸に置くこと——それが戦略会計の出発点です。
まとめ
「今日の100万円」と「未来の100万円」は、金利という時間価値が存在する以上、決して同じ価値ではありません。設備投資という「未来の儲けを期待して今お金を支払う」決断を下すためには、未来に生み出されるキャッシュを「現在価値」に割り引いて評価するDCF法の思考法が不可欠です。
銀行借入の金利と資本コストの考え方・減価償却が生み出すタックス・シールド・NPVによる投資判断など、戦略会計を実践するための具体的な手法について、今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
