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第8回 経営者のための相続・事業承継 ~相続税が払えないとき——金庫株による納税資金の確保~
経営者に相続が発生したとき、遺族が直面するのが納税資金の確保です。第5回で見たとおり、自社株式の相続税評価額は想定以上に高額になっていることが多い一方、非上場株式には市場がなく、第三者に売却して現金化することは容易ではありません。
換金しにくい財産が大部分を占めるにもかかわらず、相続税は申告期限までに金銭で納付するのが原則です。この場面で用いられるのが、相続した自社株式の一部を発行会社に買い取らせる方法、いわゆる金庫株です。
ただし、会社に株式を売却すると、通常の譲渡とは異なる課税が生じます。今回は、その仕組みと、負担を抑えるための2つの特例、そして会社法上の手続きについて解説します。
ポイント① 会社に売ると「みなし配当」が生じる
株式を第三者に売却した場合、譲渡所得として20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の申告分離課税となります。
しかし、売却先が発行会社自身である場合は扱いが異なります。会社が自己の株式を取得する行為は、株主に対して会社の利益を払い戻すことと実質的に同じであると考えられるためです。
この場合、会社から交付される金銭のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は、剰余金の配当とみなされます(所得税法第25条)。これがみなし配当です。
| 第三者への譲渡 | 発行会社への譲渡 | |
| 所得区分 | 譲渡所得 | 資本金等の額に対応する部分は譲渡所得、超える部分は配当所得 |
| 課税方式 | 申告分離課税 | 配当所得部分は総合課税 |
| 税率 | 20.315% | 累進税率(最高55%) |
配当所得は他の所得と合算して累進税率が適用されるため、役員報酬を受け取っている相続人の場合、高い税率が適用されることになります。なお、配当所得については配当控除の適用があるため、実際の負担は表面上の税率よりは下がりますが、それでも分離課税に比べれば大きな差が生じます。
負担の差
1株当たりの資本金等の額が50円の株式を、1株10,000円で1万株(総額1億円)買い取らせた場合を考えます。
| 譲渡所得となる部分 | 50円 × 1万株 = 50万円 |
| みなし配当となる部分 | (10,000円-50円)× 1万株 = 9,950万円 |
この9,950万円が他の所得と合算されて課税されるため、納税資金を確保するために行った取引が、新たな税負担を生むことになります。
ポイント② みなし配当課税の特例(措置法第9条の7)
この問題に対応するため、相続により取得した株式を発行会社に譲渡する場合の特例が設けられています。
この特例の適用を受けると、交付される金銭の全額が株式の譲渡対価とみなされ、みなし配当は生じません。全額が譲渡所得として20.315%の申告分離課税となります。
先ほどの例であれば、1億円全額が譲渡所得の計算の対象となり、税率も20.315%が適用されます。
適用要件
| 株式の種類 | 発行会社の株式が非上場株式であること |
| 取得の経緯 | 相続または遺贈により財産を取得した個人であること。生前贈与により取得した株式は対象外 |
| 相続税額 | その者に納付すべき相続税額があること。基礎控除以下で相続税が生じない場合は適用できない |
| 譲渡の期間 | 相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すること。申告期限が相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月であるため、通常は相続開始から3年10か月程度が目安となる |
| 届出書の提出 | 譲渡の時までに、この特例の適用を受ける旨等を記載した届出書を、発行会社を経由して発行会社の納税地の所轄税務署長に提出すること |
実務で見落とされやすいのが届出書です。譲渡の時までに提出する必要があり、これを怠ると特例の適用を受けられません。譲渡の手続きと並行して準備を進める必要があります。
ポイント③ 相続税額の取得費加算の特例(措置法第39条)との併用
みなし配当課税の特例により全額が譲渡所得となることで、もう一つの特例を併せて適用できます。
相続により取得した財産を、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡した場合、納付した相続税額のうち譲渡した財産に対応する部分を、譲渡所得の計算上、取得費に加算できます。
| 取得費に加算する相続税額 = その者の相続税額 × 譲渡した財産の相続税評価額 ÷(取得財産の価額 + 相続時精算課税適用財産の価額 + 暦年課税分の贈与財産の価額) |
分母は、債務や葬式費用を控除する前の金額です。債務控除後の課税価格ではない点に注意が必要です。
計算例
次の前提で計算します。
| 相続した自社株式の相続税評価額 | 2億円(引き継いだ取得費100万円) |
| 取得財産の価額の合計(債務控除前) | 2億5,000万円 |
| 納付した相続税額 | 5,000万円 |
| 会社に譲渡した株式 | 評価額1億円分(対価1億円) |
取得費に加算できる相続税額は、5,000万円 × 1億円 ÷ 2億5,000万円 = 2,000万円となります。
譲渡所得は、1億円 -(50万円+2,000万円)= 7,950万円。これに20.315%を乗じた1,615万円余りが所得税・住民税額となります。
みなし配当として総合課税された場合と比べ、負担は大きく軽減されます。
なお、取得費に加算できる金額は、その譲渡した資産の譲渡益を限度とします。加算により譲渡所得がゼロになることはあっても、マイナスとなって他の所得と通算されることはありません。
ポイント④ 会社法上の手続き
税務面の検討と並行して、会社法上の手続きを踏む必要があります。
売主追加請求権とその排除
特定の株主から自己株式を取得する場合、株主総会の特別決議が必要となります。このとき、他の株主には、自己を売主に追加するよう請求する権利が認められています(会社法第160条第3項)。他の親族株主から同じ条件での買取りを求められると、想定していた資金計画が成り立たなくなります。
ただし、相続その他の一般承継により取得した株式を、その一般承継人から取得する場合には、この売主追加請求権の規定は適用されません(会社法第162条)。
この特例には次の要件があります。
| その会社が公開会社でないこと |
| 相続その他の一般承継により取得した当該会社の株式であること |
| その一般承継人が、当該株式について株主総会において議決権を行使していないこと |
実務上とくに注意したいのが3つ目です。相続人が相続後に株主総会で議決権を行使してしまうと、この特例は使えなくなります。金庫株の実行を予定しているのであれば、それまでの間の株主総会の運営に配慮が必要です。
なお、この会社法上の特例には、税法上の譲渡期間のような期限の定めはありません。両者は別の制度であり、それぞれの要件を確認する必要があります。
財源規制
自己株式の取得により株主に交付する金銭等の総額は、その効力発生日における分配可能額を超えることができません(会社法第461条)。
手元に現預金があっても、貸借対照表上の分配可能額が不足していれば、自己株式を取得することはできません。これに違反した場合、業務を執行した取締役等は、会社に対して交付した金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負います(会社法第462条)。
ポイント⑤ 財源をどう確保するか
分配可能額が不足して金庫株を実行できないという事態を避けるため、生前の準備として検討されるのが、法人を契約者および受取人とする生命保険です。
先代経営者を被保険者として契約しておけば、相続の発生時に会社へ死亡保険金が入金されます。これにより買取資金が確保されるとともに、保険金と資産計上していた保険積立金等との差額が利益として計上され、分配可能額の増加につながります。保険料を全額損金としている契約であれば、保険金の全額が利益となります。
ただし、次の点には留意が必要です。
受け取った保険金は益金に算入されるため、法人税等の課税を受けます。手取額は保険金額そのままにはなりません。また、同時に死亡退職金を支給すれば、その分は損金となり利益を圧縮しますが、分配可能額も減少します。死亡退職金の支給と金庫株の実行は、いずれも会社の資金と財源を使うため、両者のバランスを踏まえた計画が必要です。
第1回で解説した個人契約の死亡保険金(非課税限度額500万円 × 法定相続人の数)は相続人の納税資金となり、法人契約の保険金は会社側の買取資金と財源になります。それぞれ役割が異なるため、両面から設計しておくことが望ましいといえます。
まとめ
| 相続した自社株式を発行会社に譲渡すると、資本金等の額を超える部分がみなし配当となり、総合課税の対象となる |
| 措置法第9条の7の特例により、要件を満たせば全額が譲渡所得となり20.315%の分離課税で済む。譲渡の時までに発行会社を経由して届出書を提出する必要がある |
| 措置法第39条の取得費加算の特例を併用すると、納付した相続税額のうち対応部分を取得費に加算できる。ただし加算額は譲渡益が限度となる |
| いずれの特例も、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡が要件となる |
| 会社法上は、相続により取得した株式を一般承継人から取得する場合、売主追加請求権が排除される。ただし公開会社でないこと、相続人が議決権を行使していないことが要件となる |
| 自己株式の取得は分配可能額の範囲内でしか行えない。法人契約の生命保険により、買取資金と財源を同時に準備する方法がある |
次回(第9回・最終回)は、後継者への株式集中を阻む要因となる遺留分への対応と、事業承継計画の立て方について解説します。経営承継円滑化法における民法の特例(除外合意・固定合意)の手続きと、代償分割の資金準備、そして承継のルートごとの検討事項を整理してお届けします。
※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。

