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最終回 経営者のための相続・事業承継 ~後継者への株式集中を守る——遺留分への備えと民法の特例~
事業を次の世代へ引き継ぐには、自社株式を後継者に集中させることが基本となります。議決権が分散すると意思決定に支障が生じ、支配権をめぐる対立に発展することもあるためです。
しかし、株式を一人に集中させれば、他の相続人の取り分は少なくなります。ここで問題となるのが、民法が相続人に保障する最低限の取り分である遺留分です。
最終回となる今回は、遺留分が事業承継に及ぼす影響と、その対応策である経営承継円滑化法の民法特例、代償資金の準備、そして承継計画の立て方について解説します。
ポイント① 遺留分侵害額請求と資金負担
兄弟姉妹以外の相続人には遺留分が認められており、遺言や生前贈与によってこれを下回る取り分となった場合、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができます。
平成30年の民法改正(令和元年7月1日施行)により、この請求は金銭債権として扱われることになりました。改正前は現物の返還を求めることができたため、自社株式が共有状態となり議決権が分散するおそれがありましたが、現在は株式そのものを取り上げられることはありません。
一方で、後継者には金銭の支払義務が生じます。自社株式の評価額が高額であれば、請求される金額も大きくなります。後継者個人に支払原資がなければ、結局は相続した株式を会社に買い取らせるなどして資金を作ることになり、議決権割合の低下や会社資金の流出につながります。
生前贈与も算定の基礎に含まれる
計画的に生前贈与を行っていた場合でも、その株式が遺留分の算定から外れるわけではありません。相続人に対する贈与は、原則として相続開始前10年以内にされたものが遺留分を算定するための財産の価額に算入されます(民法第1044条第3項)。
また、算入される価額は相続開始時の価額によることとされているため、贈与後に株価が上昇していれば、その上昇分も遺留分の計算に反映されます。後継者が業績を伸ばすほど遺留分の負担が増えるという構造になります。
ポイント② 経営承継円滑化法の民法特例
この問題に対応するため、経営承継円滑化法には民法の特例が設けられています。生前贈与された自社株式について、一定の合意をすることで遺留分の算定から除外し、または価額を固定することができます。
| 除外合意 | 贈与された自社株式の価額を、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないこととする合意 |
| 固定合意 | 贈与された自社株式について、遺留分を算定するための財産の価額に算入する価額を、合意の時における価額に固定する合意 |
除外合意により、贈与した株式は遺留分の対象から外れます。固定合意は算入されること自体は変わりませんが、その後の株価上昇分は反映されないため、後継者の努力による価値の増加が将来の負担につながることを避けられます。
両者は併用することもできます。同一の株式について重ねて合意することはできませんが、贈与された株式を区分して、一部を除外合意、残りを固定合意とすることは可能です。また株式以外の財産についても、これらと併せて除外の合意をすることができます。
固定合意には価額の証明が必要
固定合意を行う場合、合意の対象となる株式の価額が合意の時における相当な価額であることについて、弁護士、公認会計士、税理士等による証明を受ける必要があります。任意に決めた金額で固定できるわけではありません。
主な適用要件
| 会社が、合意の時において3年以上継続して事業を行っている非上場の中小企業者であること |
| 後継者が、合意の時において会社の代表者であること |
| 後継者が、先代経営者からの贈与等により取得した株式を含めて、総株主の議決権の過半数を有していること |
| 後継者が、合意の対象となる株式を除くと、総株主の議決権の過半数を有しないこと |
| 遺留分を有する推定相続人全員および後継者が合意していること |
ポイント③ 3段階の手続き
民法特例の適用を受けるには、次の手順を踏みます。それぞれに期限が定められています。
| ① 合意 | 遺留分を有する推定相続人全員および後継者が、書面により合意する |
| ② 経済産業大臣の確認 | 後継者が、合意をした日から1か月以内に確認の申請を行う |
| ③ 家庭裁判所の許可 | 確認を受けた日から1か月以内に、家庭裁判所へ許可の申立てを行う |
家庭裁判所の許可を受けることで、合意の効力が生じます。いずれの期限も1か月と短いため、合意書の調印前から申請書類の準備を進めておく必要があります。
実務上の難所は最初の合意です。遺留分を有する推定相続人が一人でも応じなければ、この特例は使えません。合意を得るには、後継者以外の相続人にとっての納得材料が必要になります。
ポイント④ 代償資金の準備
他の相続人の理解を得るには、株式以外の財産を配分するか、後継者から金銭を交付する代償分割の形をとることになります。しかし、後継者個人に十分な資金がないことも多く、その手当てが課題となります。
ここで用いられるのが、先代経営者を被保険者とし、後継者を受取人とする生命保険です。相続の発生とともに後継者に保険金が支払われ、これを代償金や遺留分侵害額の支払いに充てることができます。
死亡保険金は、税務上はみなし相続財産として相続税の課税対象となりますが(第1回で解説した非課税限度額の適用があります)、民法上は受取人固有の財産とされ、原則として遺産分割の対象にも遺留分を算定するための財産にも含まれません。
ただし例外がある
この点について、最高裁判所平成16年10月29日決定(民集58巻7号1979頁)は、保険金受取人である相続人とその他の相続人との間に生ずる不公平が到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となると判示しています。
保険金額が遺産の総額に比して極端に大きい場合などには、この判断が及ぶ可能性があります。「保険金であれば絶対に安全」とは言えないため、遺産全体に占める割合を意識した設計が必要です。
保険金額の目安は、現時点の自社株評価額をもとに遺留分侵害額を試算し、そこから逆算して設定することになります。株価は変動するため、定期的な見直しが欠かせません。
ポイント⑤ 承継計画をどう組み立てるか
ここまで解説してきた対策は、いずれも実行に時間を要します。株価対策、贈与、事業承継税制の適用、民法特例の合意、遺言の作成といった要素を、順序立てて進める必要があります。
下表は、期間を10年程度と想定した場合の進め方の一例です。実際の期間は経営者の年齢や後継者の状況により異なります。
| 時期 | ヒト(体制) | カネ(株式・税務) |
| 1〜2年目 | 後継者の選定と意思確認、役員への登用 | 自社株評価額の算定、社長貸付金や不要資産の整理(第1回) |
| 3〜5年目 | 後継者主導の事業展開、幹部の配置 | 株価対策の検討、生前贈与の開始(第5回・第6回)、特例承継計画の提出(第7回) |
| 6〜8年目 | 代表者の交代、先代は会長等へ | 事業承継税制の適用、株式の集中移転、民法特例の合意 |
| 9〜10年目 | 後継者による経営体制の確立 | 株主構成の確認、継続届出書の管理、遺言の作成 |
ただし、第7回で解説したとおり、事業承継税制の特例措置を利用する場合は、贈与・相続の実行期限が令和9年12月31日と定められています。この制度の適用を前提とするのであれば、上表のような10年計画ではなく、期限から逆算した短期の計画が必要になります。
また、承継の方法は親族内承継だけではありません。役員や従業員への承継、第三者への譲渡という選択肢もあります。後継者が定まっていない段階では、複数の可能性を残しながら、株価対策や資産の整理といった、どのルートでも有効な準備から着手するのが現実的です。
まとめ
| 遺留分侵害額請求は金銭債権となったため株式そのものは守られるが、後継者に多額の金銭負担が生じ、結果として株式の売却を迫られることがある |
| 相続人への生前贈与は、原則として相続開始前10年以内のものが遺留分算定の基礎に算入され、価額は相続開始時によることとされている |
| 経営承継円滑化法の民法特例には、除外合意と固定合意がある。固定合意では、価額について弁護士・公認会計士・税理士等の証明が必要となる |
| 手続きは、遺留分を有する推定相続人全員および後継者の合意、合意日から1か月以内の経済産業大臣の確認申請、確認日から1か月以内の家庭裁判所への申立てという3段階を経る |
| 代償資金として生命保険を活用できるが、保険金が遺産に比して著しく高額な場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となる可能性がある |
| 承継の準備には時間がかかる。事業承継税制の特例措置を前提とする場合は、実行期限から逆算した計画が必要となる |
連載を終えるにあたって
全9回にわたり、経営者の相続と事業承継について解説してきました。
経営者個人の相続と、会社の承継は切り離して考えることができません。社長貸付金の整理、小規模宅地等の特例の要件、自社株の評価、贈与の進め方、事業承継税制の期限、遺留分への対応と、いずれも個人の税務と会社の実務の双方に関わります。どれか一つを欠いても、想定した結果は得られません。
また、対策の多くは相続が起きてからでは間に合いません。有償による賃貸借への切替え、贈与の実行、民法特例の合意、いずれも先代経営者が健在であることが前提です。
まずは自社株式の現在の評価額を把握し、個人の財産と会社の状況を並べて確認することから始めていただければと思います。制度は改正が続いているため、実際の判断にあたっては最新の内容を確認のうえ、顧問税理士などの専門家にご相談ください。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
| 安部和彦『事例で解説 法人税の損金経理』清文社、2024年 |
| 山本和義『税理士の相続業務強化マニュアル』中央経済社、2017年 |
| 山本和義『税理士が陥りやすい相続対策の落とし穴——「争族」防止・納税資金・税額軽減・納税申告』新日本法規出版、2021年 |
| 橋本達広『ヒヤリハットで身につく 取引相場のない株式評価のキホン』税務経理協会、2021年 |
| 品川芳宣『節税と税務否認の分岐点——納税者の主張・税務署の主張』ぎょうせい、2024年 |
| 松岡章夫・山岡美樹『相続を見据えた計画的な生前贈与のポイント』大蔵財務協会、2025年 |
| 宮森俊樹・寺内正夫・矢野重明『税理士のための相続税の実務Q&Aシリーズ 事業承継対策』中央経済社、2014年 |
参照した法令・通達・公的資料
| 相続税法、相続税法施行令、租税特別措置法、租税特別措置法施行令、所得税法、法人税法、民法、会社法、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律 |
| 財産評価基本通達、相続税法基本通達、租税特別措置法関係通達、法人税基本通達 |
| 国税庁「タックスアンサー」、「法人版事業承継税制」(パンフレット) |
| 中小企業庁「事業承継ガイドライン」、「中小企業経営承継円滑化法 申請マニュアル(民法特例)」 |
※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。

