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第7回 経営者のための相続・事業承継 ~事業承継税制(特例措置)——期限と、後継者の役員要件~
自社株式の評価額が高額になっている会社では、後継者への移転にあたって多額の贈与税・相続税が生じます。この負担を軽減する制度として設けられているのが、非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予制度、いわゆる事業承継税制です。 この制度には平成21年度に創設された一般措置と、平成30年度税制改正で設けられた特例措置があります。特例措置は期間を限定した措置であり、適用を受けるには定められた期限までに手続きを進める必要があります。 今回は、特例措置の内容と現在の時間軸、そして適用後に納税猶予が打ち切られる事由について解説します。期限との関係で検討の対象となるのは主に贈与による適用ですので、贈与を中心に取り上げ、適用後の継続要件は贈与・相続に共通するものとして整理します。 ポイント① 特例措置と一般措置の違い 特例措置は、一般措置における制限を緩和した内容となっています。 一般措置 特例措置 事前の計画策定 不要 特例承継計画の提出が必要 適用期限 定めなし 令和9年12月31日までの贈与・相続 対象株式数 発行済議決権株式総数の3分の2まで 上限なし(全株式) 相続税の猶予割合 対象株式の課税価格の80% 100% 贈与税の猶予割合 対象株式の課税価格の全額 全額 承継の形態 先代経営者1人から後継者1人 複数の株主から最大3人の後継者へ 雇用確保要件 未達の場合は猶予打切り 未達でも報告により継続可能 相続時精算課税の適用 推定相続人・孫への贈与 推定相続人・孫以外への贈与も可 相続税について猶予割合が80%から100%になった点と、対象株式数の上限が撤廃された点が、特例措置の中心となる違いです。贈与税については一般措置でも全額が猶予されますが、対象となる株式数に上限があるため、実質的な効果には差があります。 一方で、特例措置には一般措置にない制約もあります。特例承継計画を提出しておく必要があり、贈与・相続を行う期限も定められています。この点はポイント②で詳しく取り上げます。 また、第6回で解説したとおり、相続時精算課税は本来、推定相続人である子や孫への贈与に限って選択できる制度です。特例措置では、この範囲が拡大され、親族外の後継者へ株式を贈与する場合にも相続時精算課税を適用できます。 また、贈与税の納税猶予を受けた後に贈与者が亡くなった場合には、猶予されていた贈与税が免除され、相続税の納税猶予へ切り替えることができます。これにより、生前に議決権と株式を後継者へ移転しておくことが可能になります。 ポイント② 期限と、贈与を実行するための要件 特例措置は期間を限定した措置であり、2つの期限が定められています。 特例承継計画の提出期限 令和9年9月30日 贈与・相続の実行期限 令和9年12月31日 特例承継計画の提出期限は、令和8年度税制改正により令和8年3月31日から1年6か月延長され、令和9年9月30日となりました。一方で、贈与や相続そのものを行う期限は令和9年12月31日のまま変更されていません。 この点が実務上重要です。計画の提出期限が延びたことで時間に余裕ができたように見えますが、実行期限は据え置かれています。計画を令和9年9月末に提出した場合、実行までに残された期間は3か月程度です。 そして、贈与によって適用を受ける場合には、残された期間の長さ以上に、次に述べる要件を満たせるかどうかが問題になります。 贈与を実行するための要件 贈与税の納税猶予を受けるには、会社・先代経営者・後継者のそれぞれについて要件を満たし、あわせて担保を提供する必要があります。 会社 上場会社、中小企業者に該当しない会社、風俗営業会社、資産管理会社(一定の要件を満たすものを除きます)のいずれにも該当しないこと 先代経営者 会社の代表権を有していたこと。贈与の直前において、同族関係者と合わせて総議決権数の50%超を保有し、かつ後継者を除いた同族関係者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと。贈与の時において代表権を有していないこと(贈与までに代表を退任する) 後継者 贈与の直前において3年以上役員であり、かつ贈与の時において代表者であること。贈与の時において18歳以上であること。贈与の時において、同族関係者と合わせて総議決権数の50%超を保有し、かつ同族関係者の中で最も多くの議決権数を保有すること 株式数 一定数以上の株式をまとめて贈与すること。少しずつ贈与していく方法では適用を受けられない 担保 猶予される贈与税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供すること 会社の要件にある資産管理会社については、適用後に該当した場合にも猶予が打ち切られるため、ポイント④で詳しく取り上げます。 担保については、この特例の対象となる非上場株式等の全部を担保として提供した場合には、猶予税額等に見合う担保の提供があったものとみなされます。株式のほかに不動産等を差し入れる必要はありませんが、提供の手続き自体は申告期限までに済ませておく必要があります。 先代経営者と後継者の議決権に関する要件は、通常の同族会社であれば自然に満たされます。ただし、過去に相続や贈与によって株式が親族に分散している会社では、先代経営者が筆頭株主でなくなっていることがあります。株主名簿上の議決権割合を事前に確認しておく必要があります。 実際の手続きとしては、代表の交代、株式の譲渡承認手続き、贈与契約の締結、株主名簿の書換えを行うことになります。あわせて、他の相続人との調整も必要になります。 なお、ここで述べた要件は贈与による場合のものです。相続による適用では、後継者は相続開始の直前において役員であり、相続開始から5か月以内に代表者となることが要件とされており、3年という期間の定めはありません。 「役員就任から3年」がもっとも大きな制約になる 上記のうち、実務上もっとも時間を要するのが、後継者が贈与の直前において3年以上役員であるという要件です。 後継者がまだ役員になっていない場合、いま就任しても3年を満たすのは令和11年以降となり、実行期限である令和9年12月31日までに贈与することができません。つまり、計画の提出期限にはまだ時間があっても、後継者が役員でなければ、贈与による特例措置の適用はすでに間に合わない状況です。 贈与による適用を検討するのであれば、後継者がすでに3年以上役員であるかどうかを最初に確認してください。 要件を満たしている場合は、代表の交代と役員退職金の支給、そして贈与の実行をどの時期に行うかを設計することになります。第5回で解説したとおり、退職金の支給により株価が下がった時点を捉えることもできますが、実行期限が令和9年12月31日であることを踏まえると、選べる時期は限られます。 贈与後の手続き 贈与を実行したあとは、贈与の年の10月15日から翌年1月15日までに都道府県知事へ認定申請を行い、交付された認定書の写しを添付して、贈与税の申告期限(翌年3月15日)までに申告します。期限内申告が要件とされているため、期限後申告では適用を受けられません。 なお、自社株の評価は、贈与の時点で済んでいることが要件とされているわけではありません。ただし、猶予される税額の把握や贈与する株数の判断に必要であり、認定申請が申告期限より前に行われることからも、贈与の前に評価しておくのが実務の通常です。 計画の提出と実行の順序について 中小企業庁の案内では、特例承継計画を令和9年9月30日までに申請し、令和9年12月31日までに事業承継を行うという順序で説明されています。都道府県によっては、事前に特例承継計画の確認を受けておく必要がある旨を明記しているところもあります。 認定申請の際に特例承継計画を併せて提出する取扱いもあるとされていますが、運用は都道府県により異なる可能性があります。実際に進める際は、本店所在地の都道府県の担当窓口に確認したうえで、スケジュールを組み立ててください。 ポイント③ 雇用確保要件は緩和されている ここからは、贈与税・相続税のいずれの納税猶予にも共通する内容です。適用後に猶予を継続するための要件と、打ち切られる事由を見ていきます。 一般措置では、承継後5年間の平均で従業員数の8割を維持できなかった場合、納税猶予が打ち切られました。この要件が、制度の利用をためらう理由になっていました。 特例措置では、この取扱いが変更されています。適用後5年間の従業員数の平均が贈与・相続の時と比べて8割を下回った場合であっても、その理由を記載した報告書を提出することで、納税猶予は継続します。 報告書には認定経営革新等支援機関による所見の記載が必要です。従業員数の減少の理由が経営悪化等による場合には、あわせて認定経営革新等支援機関による指導および助言を受ける必要があります。 この報告書は、5年経過時点の年次報告書の提出に併せて都道府県へ提出します。手続きは必要ですが、要件を満たせなかったことだけを理由に猶予が取り消されることはありません。 ポイント④ 納税猶予が打ち切られる主な事由 一方で、次に該当した場合には猶予が打ち切られ、猶予されていた税額と利子税を納付することになります。 ① 経営承継期間中の代表権の喪失 贈与税または相続税の申告期限の翌日から5年間を経営承継期間といい、この期間中は後継者が会社の代表者であり続ける必要があります。この間に代表権を失った場合、猶予は打ち切られます。ただし、身体障害等のやむを得ない理由による場合は例外とされています。 5年経過後は、代表者でなくなっても差し支えありません。株式を継続して保有していることが要件となります。 ② 対象株式の譲渡等 猶予の対象となっている株式を譲渡または贈与した場合、その部分について猶予が打ち切られます。経営承継期間中は一部の譲渡でも全額が打ち切られ、期間経過後は譲渡した部分に対応する税額が確定します。 第8回で解説する金庫株(会社による自己株式の取得)も株式の譲渡に該当するため、この事由に当たります。納税資金対策として金庫株を検討する場合には、事業承継税制との関係を整理しておく必要があります。 ③ 資産保有型会社・資産運用型会社への該当 この制度は事業を営む会社を対象とするものであり、資産の保有や運用が中心の会社は除かれます。 資産保有型会社 特定資産(有価証券、自ら使用していない不動産、現預金等)の帳簿価額の合計額が総資産の70%以上を占める会社 資産運用型会社 特定資産からの運用収入が総収入金額の75%以上を占める会社 ただし、常時使用従業員が5人以上いること、事務所等を所有または賃借していること、3年以上継続して事業を行っていることなどの要件を満たす場合には、これらに該当しないものとして扱われます。 業績が良く現預金が積み上がっている会社や、余剰資金で有価証券や不動産を取得した会社では、意図せずこの基準に触れることがあります。適用後も定期的に比率を確認しておく必要があります。 ④ 会社の解散 会社が解散した場合、猶予されていた税額は納付することになります。ただし、経営環境の変化により会社の価値が低下している場合の再計算・免除の措置が設けられています。 ⑤ 報告書・届出書の未提出 納税猶予を継続するには、定期的な報告が必要です。 経営承継期間(5年間) 都道府県へ年次報告書を年1回、税務署へ継続届出書を年1回提出 5年経過後 税務署へ継続届出書を3年に1回提出 これらの提出を怠ると、他の要件を満たしていても納税猶予は打ち切られます。やむを得ない事情がある場合の取扱いは設けられていますが、認められる範囲は限定的です。 5年経過後は3年に1回となるため、間隔が空くことで失念しやすくなります。提出期限を管理する仕組みを作り、顧問税理士と共有しておくことが確実です。 ポイント⑤ 将来のM&Aとの関係 納税猶予の適用後に、会社の売却を検討する場面も想定されます。 経営承継期間の経過後に、経営環境の変化を示す一定の事由が生じている場合において、対象株式を譲渡したときは、譲渡の対価の額等をもとに納税額を再計算し、当初の猶予税額との差額が免除される措置が設けられています。株価が下落した状態で売却した場合、承継時の高い評価額に基づく税額をそのまま負担することにはなりません。 ただし、この措置は経営承継期間を経過した後の譲渡が対象です。5年以内に譲渡した場合には、原則として猶予税額の全額を納付することになります。 また、合併や株式交換等により会社が消滅または完全子会社となる場合についても、一定の要件のもとで猶予を継続する取扱いがあります。 将来的にM&Aの可能性がある場合、この制度の適用が制約となる場面もあります。承継の方針が固まっていない段階で適用を急ぐのではなく、5年間の継続要件を負うことの意味を確認したうえで判断することが必要です。 まとめ 特例措置では、対象株式数の上限が撤廃され、相続税の猶予割合が100%となる。複数の株主から最大3人の後継者への承継も可能で、親族外の後継者への贈与にも相続時精算課税を適用できる 一方、特例措置には一般措置にない制約として、特例承継計画の提出と、贈与・相続の実行期限がある 特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで延長されたが、贈与・相続の実行期限は令和9年12月31日のまま変更されていない 贈与による適用には、会社・先代経営者・後継者それぞれの要件を満たし、猶予税額等に見合う担保を提供することが必要となる。先代経営者は代表権を有していたうえで贈与の時には代表権を有していないこと、後継者は贈与の直前において3年以上役員であり贈与の時に代表者であることなどが求められる。後継者がまだ役員でない場合、3年を満たすのは令和11年以降となり、実行期限までに贈与できない(相続による適用では、相続開始の直前において役員であればよく、3年の定めはない) 贈与後は、贈与の年の10月15日から翌年1月15日までに都道府県知事の認定申請を行い、認定書の写しを添付して贈与税の申告期限までに申告する(期限内申告が要件) 雇用確保要件を満たせなかった場合でも、認定経営革新等支援機関の所見を記載した報告書を提出すれば猶予は継続する 経営承継期間(5年間)中の代表権の喪失、対象株式の譲渡、資産保有型会社等への該当、報告書・届出書の未提出が主な打切り事由となる 経営承継期間の経過後に一定の事由のもとで株式を譲渡した場合には、譲渡対価等による再計算と差額の免除の措置がある。5年以内の譲渡は原則として全額納付となる 次回(第8回)は、相続が発生した後の納税資金の確保について解説します。自社株式を会社に買い取らせる金庫株の実務と、その際のみなし配当課税の特例、そして相続税額の取得費加算の特例を取り上げます。いずれも期限や要件が定められているため、あわせて整理してお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第6回 経営者のための相続・事業承継 ~自社株の生前贈与——暦年課税と相続時精算課税の使い分け~
自社株式を後継者へ引き継ぐ方法には、相続によるものと生前贈与によるものがあります。相続を待つ場合、その時点の評価額で課税されるうえ、遺産分割の協議が必要になります。一方、生前贈与であれば、時期と数量を自分で決めて計画的に進めることができます。 この生前贈与のルールは、令和6年1月1日を境に大きく変わりました。暦年課税では相続財産に加算される期間が延長され、相続時精算課税には新たな基礎控除が設けられています。従来の感覚のまま進めると、想定した効果が得られないことがあります。 今回は、自社株の移転における生前贈与の意味と、令和6年改正後の2つの制度の違い、そして選択にあたっての判断基準について解説します。 ポイント① 生前贈与で何が得られるのか 贈与時の価額で固定できる 贈与税は贈与時の価額により計算されます。そして、相続時に加算される場合であっても、加算される金額は贈与時の価額です。 したがって、現時点の評価額が3,000万円の自社株を後継者に贈与しておけば、その後に業績が伸びて相続時の評価額が3億円になっていたとしても、課税上の基準は贈与時の3,000万円のままとなります。後継者が会社を成長させたことが、そのまま将来の税負担の増加につながることを避けられます。 ただし、これは裏返せば、株価が下落した場合には高い価額で固定されるということでもあります。将来の業績見通しを踏まえて判断する必要があります。 議決権を早期に移転できる 生前に株式を移転しておけば、後継者は議決権の裏付けをもって経営にあたることができます。第4回で解説したとおり、相続で取得する場合には遺産分割が成立するまで株式が準共有となり、権利行使者の指定ができなければ株主総会の決議に支障が生じます。生前に移転しておけば、この問題は生じません。 ポイント② 暦年課税と「7年加算」 暦年課税は、1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与について課税する制度です。受贈者1人につき年110万円の基礎控除があり、これを超える部分に10%から55%の累進税率が適用されます。直系尊属から18歳以上の者への贈与には、特例税率という低い税率が適用されます。 相続財産に加算される期間が延長された 相続または遺贈により財産を取得した人が、被相続人から相続開始前の一定期間内に贈与を受けていた場合、その贈与財産は相続財産に加算されます。この期間が、令和5年度税制改正により3年から7年に延長されました。 令和6年1月1日以後の贈与が対象となり、加算期間は段階的に延びていきます。相続開始が令和8年12月31日までであれば従来どおり3年、令和9年1月1日以後は令和6年1月1日以後の贈与が順次加算されていき、7年分がすべて加算されるのは令和13年1月1日以後に相続が開始した場合です。 延長された4年間(相続開始前3年超7年以内)に受けた贈与については、その合計額から100万円を控除した残額が加算されます。 この改正により、体調に不安が生じてから贈与を始めるという進め方では、効果が得られにくくなりました。暦年課税による移転を考えるのであれば、早い時期から着手する必要があります。 加算の対象となるのは誰か 加算の対象は、相続または遺贈により財産を取得した人に限られます。したがって、相続で財産を取得しない孫や子の配偶者への贈与は、加算の対象になりません。 ただし、次の場合には加算の対象となります。 孫が代襲相続人となっている場合 遺言により財産を取得する場合 生命保険金や死亡退職金の受取人となっている場合(第1回で解説したみなし相続財産) この点は現金等の移転では有効に使える場面がありますが、自社株については慎重な検討が必要です。後継者以外に株式を分散させると、将来の買戻しが困難になり、議決権の確保にも支障が生じます。本シリーズで繰り返し述べているとおり、自社株は後継者に集中させることが原則です。 ポイント③ 相続時精算課税制度の改正 相続時精算課税は、贈与の年の1月1日において60歳以上である父母または祖父母から、同日において18歳以上である推定相続人である子または孫への贈与について選択できる制度です。なお、第7回で解説する事業承継税制の特例措置の適用を受ける場合には、この範囲が拡大され、親族外の後継者への株式の贈与についても選択できます。 特別控除 累計2,500万円まで贈与税がかからない 超過部分の税率 一律20% 相続時の扱い 贈与時の価額を相続財産に加算し、納付した贈与税額を控除して精算する この制度の適用を受けるには、最初に贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、贈与税の申告書とともに「相続時精算課税選択届出書」を受贈者の納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。この届出書の提出がなければ、暦年課税により課税されることになります。 年110万円の基礎控除が新設された 令和6年1月1日以後の贈与から、相続時精算課税にも受贈者1人につき年110万円の基礎控除が設けられました。これは累計2,500万円の特別控除とは別枠です。 この基礎控除には次の特徴があります。 年110万円以下であれば贈与税がかからず、贈与税の申告も不要(選択の届出をする年を除く) 相続時に相続財産へ加算されない 暦年課税の7年加算のような期間の制限もない 改正前は、相続時精算課税を選択すると少額の贈与でも毎年申告が必要で、贈与した財産はすべて相続財産に加算されました。この点が改善されたことで、実務上の使い勝手は大きく変わっています。 選択にあたっての注意点 一方で、次の点は改正後も変わっていません。 まず、いったん相続時精算課税を選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻すことはできません。 次に、相続時精算課税により贈与を受けた宅地については、小規模宅地等の特例を適用できません。第3回で解説した特定同族会社事業用宅地等や特定居住用宅地等の適用を予定している土地を贈与すると、その適用機会を失うことになります。 また、不動産を贈与する場合には、相続による取得と比べて流通コストが高くなります。相続では課されない不動産取得税が課され、登録免許税の税率も相続の場合より高くなります。 ポイント④ どちらを選ぶか 制度の選択は、贈与する財産の性質と将来の見通しによって判断します。 自社株の評価額が上昇していく見込みの場合 相続時精算課税により早期に移転しておくことで、贈与時の価額に固定できます。特別控除2,500万円を使い、超過部分についても20%の税率で移転できるため、まとまった株数を一度に動かすことが可能です。 株価が一時的に下がっている場合 第5回で解説したとおり、先代経営者の退任にともなう役員退職金の支給や、大規模な設備投資の直後は、自社株の評価額が下がることがあります。この時期に相続時精算課税を使ってまとまった株式を移転すれば、低い価額で固定できます。 ただし、評価額の低下を意図した行為が事業上の合理性を欠く場合には、否認のリスクがあります。この点は第5回で触れた総則6項の問題と共通します。 時間をかけて少しずつ移転する場合 相続開始まで十分な期間が見込めるのであれば、暦年課税による移転も選択肢になります。7年を超えて経過した贈与は加算されないため、早期に着手できるほど有利になります。 なお、相続時精算課税を選択した後も、年110万円の基礎控除の範囲であれば加算されずに移転できます。長期にわたる少額の移転という点では、改正後は相続時精算課税にも同様の機能があります。 収益用不動産を保有している場合 賃貸物件から生じる家賃収入は、そのまま経営者個人に蓄積され、将来の相続財産を増やしていきます。建物を後継者に贈与すれば、その後の収入は後継者に帰属し、納税資金の準備にもつながります。 ただし、前述のとおり不動産取得税等の負担が生じること、土地について小規模宅地等の特例が使えなくなる場合があることから、建物のみを贈与するなど、対象と方法を検討したうえで判断する必要があります。 ポイント⑤ 贈与の事実を残す 生前贈与が後日否認される典型が、名義株・名義預金として扱われるケースです。形式上は贈与しているものの、実質的には贈与者が管理を続けていたと認定されると、相続財産に含められることになります。 否認を避けるために必要なのは、贈与が実際に行われ、財産の管理支配が受贈者に移っていることを示せる状態にしておくことです。 贈与契約書の作成 贈与のつど、当事者双方の署名押印のある契約書を作成する 株主名簿の書換え 自社株の贈与では、名義書換請求を行い株主名簿を速やかに更新する 株主としての権利行使 株主総会の招集通知の送付、議事録への記載、配当金の受贈者口座への振込など、株主として扱われている実態を残す 財産の管理支配 贈与した預金の通帳・印鑑は受贈者本人が管理する。贈与者が保管したままでは名義預金と判断されやすい 「あえて110万円超の贈与をして申告する」という方法について 基礎控除を少し超える金額を贈与して贈与税の申告と納税を行い、贈与の証拠とするという方法が紹介されることがあります。 しかし、贈与税の申告書を提出したという事実だけで贈与があったと認められるわけではありません。贈与が成立しているかどうかは、贈与者と受贈者の意思の合致があり、財産の管理支配が実際に移転しているかによって判断されます。申告の有無は判断要素の一つにすぎず、これを行えば否認されないというものではありません。 形式を整えることよりも、上記の実態を伴わせることのほうが重要です。 まとめ 生前贈与には、贈与時の価額で固定できることと、議決権を早期に移転できることの2つの意味がある。ただし株価が下落する場合は高い価額で固定される点に注意する 暦年課税では、令和6年1月1日以後の贈与について相続財産に加算される期間が3年から7年へ段階的に延長された。7年分がすべて加算されるのは令和13年1月1日以後の相続からとなる 加算の対象は相続または遺贈により財産を取得した人に限られるが、代襲相続人である孫や、生命保険金の受取人となっている場合などは対象となる 相続時精算課税には年110万円の基礎控除が新設され、この範囲内であれば申告不要かつ相続時の加算もない。一方、暦年課税に戻せないこと、贈与した宅地に小規模宅地等の特例が使えないことには注意が必要 株価が上昇見込みの場合や一時的に下がっている場合は相続時精算課税、長期にわたる移転では両制度いずれも選択肢となる 贈与税の申告を行うことだけでは贈与の証明にならない。契約書の作成、株主名簿の書換え、財産の管理支配の移転といった実態を伴わせることが必要 次回(第7回)は、自社株にかかる贈与税・相続税の納税を猶予する事業承継税制について解説します。特例措置には期限があり、令和8年度税制改正により特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで延長されましたが、贈与・相続の実行期限は令和9年12月31日のまま変更されていません。制度の内容とあわせて、この時間軸と、猶予が打ち切られる事由についてお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第5回 経営者のための相続・事業承継 ~自社株の評価はどう決まるか——取引相場のない株式の計算構造~
「うちは上場していないから、株式の価値といっても資本金の額くらいだろう」と考えている経営者は少なくありません。しかし、業績が安定して内部留保が積み上がっている会社や、含み益のある不動産を保有している会社では、自社株式の相続税評価額が想定を大きく超えていることがあります。 自社株式は容易に売却できない資産であるにもかかわらず、相続が発生すれば評価額に応じた相続税が課されます。まずは自社の株価がどのように計算されるのかを把握しておくことが、事業承継の出発点になります。 今回は、取引相場のない株式の評価の基本構造と、評価額が高額になっている場合の対応の考え方について解説します。 ポイント① 誰が取得するかで評価方式が変わる 取引相場のない株式の評価で最初に押さえるべきは、同じ会社の株式であっても、取得する人によって評価方式が異なるという点です。 同族株主等(経営権を有する株主) 原則的評価方式(類似業種比準方式・純資産価額方式・その併用) 同族株主等以外の株主 特例的評価方式(配当還元方式) 会社を支配する立場にある株主は、会社の財産や収益力を反映した原則的評価方式により評価されます。一方、経営に関与せず配当を受け取る立場にとどまる株主は、配当実績のみに着目した配当還元方式によって評価され、株価は大幅に低くなります。 ここで注意が必要なのは、株主区分の判定が議決権割合によって細かく定められている点です。保有割合が少なければ当然に配当還元方式になるというものではなく、同族グループ全体の議決権割合や、本人の議決権割合などによって判定されます。自社の株主構成がどの区分に当たるのかは、個別に確認する必要があります。 また、評価額が低くなることだけを理由に株式を分散させると、後継者の議決権割合が下がり、将来の買戻しも容易ではなくなります。相続や贈与によって株式がさらに次の世代へ広がっていくことも考えられます。自社株は後継者に集中させることが原則であり、この点は第9回で改めて取り上げます。 ポイント② 会社規模によって計算方法が変わる 原則的評価方式では、会社を大会社・中会社・小会社に区分し、それぞれ評価方法が定められています。区分は、従業員数、総資産価額、取引金額(売上高)により、業種ごとの基準に当てはめて判定します。従業員数が70人以上の会社は、他の要素にかかわらず大会社となります。 大会社 類似業種比準方式(純資産価額方式との選択可) 中会社 併用方式(L=0.90/0.75/0.60)(純資産価額方式との選択可) 小会社 純資産価額方式(L=0.50の併用方式との選択可) Lは類似業種比準価額の適用割合です。大会社は類似業種比準価額のみで評価するためL=1.00に相当し、中会社は0.90から0.60、小会社は0.50となります。つまり規模が大きいほどLは高くなります。利益が出ていて内部留保が厚い会社では、類似業種比準方式のほうが純資産価額方式より低い評価額になることが多いため、Lの割合が大きいほど株価は下がる傾向があります。 ただし、どちらが低くなるかは会社の状況によって異なります。たとえば、含み損を抱えている会社では純資産価額が低く算定されることがあり、逆に業種平均と比べて収益力が高い会社では、類似業種比準価額のほうが高くなることもあります。まずは両方式で試算し、自社がどの位置にあるかを確認することが必要です。 なお、ここで述べた会社規模による区分は、通常の会社に適用されるものです。会社の状況が一定の要件に当たる場合には、会社規模にかかわらず別の評価方法が適用されることもあります。該当するかどうかは決算内容の確認が必要になるため、株価の試算にあたっては顧問税理士に確認してください。 ポイント③ 類似業種比準方式の計算構造 類似業種比準方式は、同業種の上場会社の平均株価を基礎として、配当・利益・簿価純資産の3つの要素を比較して評価する方法です。 1株当たりの比準価額 = 類似業種の株価(A) × {(b/B + c/C + d/D)÷ 3} × 斟酌率 b・c・dは評価会社の1株当たりの配当金額・利益金額・簿価純資産価額、B・C・Dは類似業種の同じ指標です。配当・利益・簿価純資産の3要素は同じ比重で扱われます。 斟酌率は、上場会社と比べた場合の規模や経営基盤の違いを考慮して評価額を調整するもので、大会社0.7、中会社0.6、小会社0.5とされています。規模が小さいほど低く、その分だけ比準価額は下がります。 なお、3つの要素はいずれも直前期などの決算数値に基づくため、評価額は毎期変動します。自社の株価を把握するには、直近の決算を前提とした試算が必要になります。 ポイント④ 純資産価額方式と法人税額等相当額の控除 純資産価額方式は、会社の資産を相続税評価額により評価し直したうえで負債を差し引き、会社の財産価値に着目して1株当たりの価額を求める方法です。 この計算では、資産の相続税評価額の合計額が帳簿価額の合計額を上回る場合、その差額(評価差額)に対する法人税額等に相当する金額を控除できます。控除割合は38%です。防衛特別法人税の創設に伴って従来の37%から改められ、令和8年4月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した株式等の評価に適用されます。 たとえば、帳簿価額2,000万円の土地の相続税評価額が1億2,000万円である場合、評価差額1億円に38%を乗じた3,800万円を、純資産価額の計算上控除することになります。 ただし、課税時期前3年以内に取得または新築した土地や建物については、例外が設けられています。 通常、土地は路線価、建物は固定資産税評価額をもとに評価します。これらは実際の売買価格より低く設定されているため、相続税の計算上の価額は、その不動産を買った金額よりも小さくなるのが一般的です。会社で不動産を購入すれば、その差の分だけ純資産価額が下がることになります。 しかし、取得から3年以内のものについては、この方法によらず、実際に売買される価格に相当する金額(通常の取引価額)で評価します。買った金額とほぼ同じ金額で評価されるため、帳簿価額との差が生じません。結果として、評価差額をもとに計算する法人税額等相当額の控除も働きにくくなります。 相続が近い時期に不動産を取得して評価額を引き下げるという対応を想定して設けられた規定です。 ポイント⑤ 評価額への対応と留意点 自社株の評価額が高額になっている場合、何らかの対応を検討することになります。その際に押さえておきたいのは、評価額を引き下げること自体が目的ではないという点です。目的は、後継者が議決権を確保したうえで、無理のない税負担で株式を引き継げる状態をつくることにあります。評価額が下がっても、そのために株式が分散したり、事業上の合理性を欠く取引を行ったりすれば、承継そのものが難しくなります。 この順序で考えると、一般的に紹介される引下げ策の多くは、実際には勧められるものではありません。ここでは、承継の実務で取り上げる価値のある手法を1つと、あわせて押さえておきたい事項を2つ整理します。 ① 役員退職金の支給(生前の退任時) 先代経営者が代表を退き、役員を退任するタイミングで役員退職金を支給する方法です。支給額は会社の損金に算入され、利益と純資産が減少するため、自社株の評価額が下がります。 対策として重要なのは、支給の時期を自ら選べるという点です。株価が下がった時点を捉えて、後継者への贈与や譲渡を実行することができます。この点については第6回で改めて取り上げます。 ただし、この手法の意義は株価の引下げだけではありません。退職所得は、退職所得控除を差し引いたうえで、その残額の2分の1が課税対象となり(役員等で勤続年数5年以下の場合を除きます)、他の所得と分離して課税されます。役員報酬として毎月受け取る場合と比べて個人の税負担が大きく軽くなるため、会社に蓄積された資金を個人へ移す手段としては、税務上もっとも効率のよい方法といえます。 自社株の評価額が下がる一方で個人の財産は増えますが、後継者が子などの相続人である場合には、その資金を後継者の納税資金として活用できます。会社と個人を通じて考えれば、合理性のある手法です。 ただし、役員や従業員への承継(MBO・EBO)や第三者への譲渡を想定している場合は、前提が変わります。退職金として個人に移った資金は後継者の納税資金にはならず、相続人が相続する財産が増えることになります。この場合は、株価の引下げによる効果と、個人財産の増加による影響を分けて考える必要があります。 実行にあたっては、不相当に高額な部分が損金に算入されない点に注意が必要で、功績倍率法などによる金額の妥当性の検証が欠かせません。また、多額の現預金が流出するため資金繰りへの影響を確認する必要があります。加えて、支給によって利益がゼロになると、会社規模によらない評価方法が適用される場合があり、かえって評価額が上がることもあります。 一方、死亡によって支給される死亡退職金は、これとは別の扱いになります。支給により株価が下がるのは支給後の期であり、相続開始時点の自社株の評価には反映されないため、株価対策としては機能しません。死亡退職金の意義は、第1回で解説した非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)と、遺族の納税資金の確保にあります。 ② 確認しておきたい事項——会社規模区分の判定 手法を検討する前に、現状の評価が正しく行われているかを確認しておく必要があります。会社規模の判定を改めて行うと、実際には中会社に該当するにもかかわらず小会社として計算していたというケースもあります。従業員数の数え方や取引金額の集計方法を含め、区分の判定を正確に行うことが出発点になります。 なお、評価引下げのみを目的として組織再編や人員増を行うことは、事業上の合理性を欠く場合には否認のリスクを伴います。会社規模は事業の実態に応じて決まるものであり、評価のために動かす対象ではありません。 ③ 対策全般に共通する留意点——総則6項 財産評価基本通達の総則6項は、通達の定めにより評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めています。 近年、この規定を適用して通達評価額を否認した事例が相続税の分野で複数生じています。租税負担の軽減のみを目的とした不自然な行為は、形式的に通達に沿っていても否認される可能性があります。事業上の必要性と合理性を説明できることが、対策の前提となります。 まとめ 取引相場のない株式は、同族株主等が取得する場合は原則的評価方式、それ以外の株主が取得する場合は配当還元方式により評価される 原則的評価方式では、会社規模(大・中・小)に応じて類似業種比準方式と純資産価額方式の適用割合が変わる。ただし会社の状況により、会社規模によらない評価方法が適用される場合もある 類似業種比準方式では、配当・利益・簿価純資産の3要素が同じ比重で扱われるため、利益だけを圧縮しても引下げの効果は限られる 純資産価額方式では評価差額に対する法人税額等相当額を控除できる。控除割合は令和8年4月1日以後の取得分から38%(従来は37%)となっている。なお、課税時期前3年以内に取得した土地建物等は通常の取引価額で評価する 生前の退任時に支給する役員退職金は、自社株の評価額を下げるとともに、支給の時期を選べるため、株価が下がった時点で後継者へ移転できる。退職所得課税の優遇により、会社の資金を個人へ移す手段としても効率がよい ただし、個人に移った資金が後継者の納税資金となるのは後継者が相続人である場合に限られる。また、不相当に高額な部分が損金に算入されない点や、資金繰りへの影響の確認が必要になる 死亡退職金は、支給による株価の低下が相続開始時の評価に反映されないため株価対策にはならない。非課税枠と遺族の納税資金の確保が意義となる 評価額への対応は、事業上の合理性を欠くと総則6項により否認されるおそれがある。一般に紹介される引下げ策の多くは、株式の分散や合理性のない取引を伴うため勧められない 次回(第6回)は、自社株を後継者へ移転する際の入口となる生前贈与について解説します。令和6年から、暦年課税では相続財産に加算される期間が3年から7年へ段階的に延長されており、相続時精算課税には年110万円の基礎控除が新設されました。両制度の違いと、自社株の移転にあたってどちらを選ぶかの判断基準をお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第4回 経営者のための相続・事業承継 ~遺産分割が間に合わないとどうなるか——申告期限と納税の選択肢~
経営者が亡くなったとき、遺族は会社の運営を維持しながら、限られた期間で相続の手続きを進めることになります。相続税の手続きには厳格な期限が定められており、これを過ぎると受けられたはずの特例が使えなくなることがあります。 とくに経営者の相続では、財産の大部分を自社株式や事業用不動産が占めるため、分け方の合意に時間がかかりがちです。申告期限までに遺産分割が成立しない「未分割」の状態は、税負担の面で大きな不利益をもたらします。 今回は、相続開始後の手続きの期限と、遺産分割が成立しない場合の対応、そして納税資金が不足する場合の選択肢について解説します。 ポイント① 「4か月」と「10か月」の2つの期限 4か月以内 被相続人の準確定申告 所得税は通常、翌年の2月16日から3月15日までに本人が確定申告を行いますが、年の途中で亡くなった場合には、相続人が相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に、被相続人の所得税および復興特別所得税の申告・納税を行います。被相続人が消費税の課税事業者であった場合には、消費税についても同様です。 経営者の場合、次のような所得について準確定申告が必要になることが多く、見落としに注意が必要です。 給与所得 死亡日までに支給された、または支給が確定していた役員報酬 不動産所得 個人名義で自社や第三者に貸し付けている土地・建物の賃料収入 雑所得 第1回で解説した社長貸付金について、会社から支払われていた利息 準確定申告書は、相続人等が2人以上いる場合、各相続人等が連署により提出します。連署が難しい場合には、他の相続人等の氏名を付記して各人が別々に提出することもできますが、この場合には、提出した相続人等が他の相続人等に申告した内容を通知する必要があります。 また、医療費控除や社会保険料控除などの所得控除は、被相続人が死亡の日までに支払った金額が対象となります。死亡後に相続人が支払った医療費は準確定申告の対象外となり、要件を満たせば支払った相続人自身の医療費控除の対象となります。支払時期によって扱いが変わるため、日付の確認が必要です。 10か月以内 相続税の申告・納税 相続税の申告と納税は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行います。 10か月は一見長いようですが、経営者の相続では準備に時間がかかります。出生から死亡までの戸籍の収集、各金融機関からの残高証明書の取得、不動産の現地調査と評価、そして第5回で解説する自社株式の評価。これらの基礎資料が揃うまでに数か月を要するのが通常です。実際に分割の協議に充てられる期間は、それほど残らないことが多くなります。 ポイント② 遺産分割が成立しないと特例が使えない 申告期限までに遺産分割が成立しない場合でも、申告期限が延長されることはありません。相続税法第55条(未分割遺産に対する課税)により、分割されていない財産については、各共同相続人等が民法の規定による相続分に従って取得したものとして課税価格を計算し、いったん申告・納税することになります。これを実務上、未分割申告と呼びます。 この場合、次の特例が当初の申告では適用できません。 配偶者の税額軽減 実際に配偶者が取得した財産についてのみ適用されるため、未分割では使えない 小規模宅地等の特例 第3回で解説した80%減額等が適用できず、減額前の評価額で課税される この2つについては、後日分割が成立すれば、ポイント③で解説する手続きにより遡って適用を受けることができます。いったん多額の納税が必要になるという資金繰りの問題は残りますが、税負担そのものは後から取り戻せる余地があります。 事業承継税制は取り戻せない 一方、性質がまったく異なるのが事業承継税制(非上場株式等についての相続税の納税猶予)です。 この制度は、申告期限までに後継者が株式を取得し、期限内申告書に所定の記載をして必要書類を添付することが要件とされています。未分割の状態では、この要件を満たせないため適用できません。 そして、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例と異なり、後日分割が成立しても遡って適用を受ける仕組みが設けられていません。つまり、申告期限までに後継者への株式の帰属が決まっていなければ、その相続について納税猶予を受ける機会は失われます。自社株にかかる相続税が猶予されないまま確定するため、影響は税額だけでなく、経営権の承継そのものに及びます。 第7回で解説するとおり、特例措置には令和9年12月31日という実行期限もあります。相続が発生してから分割協議が長引けば、やり直す機会すら残らない場合があります。 数値で見る負担の差 課税価格の合計額3億円、相続人は配偶者と子2人の計3人という前提で計算します。基礎控除4,800万円を差し引いた課税遺産総額は2億5,200万円となり、これを法定相続分で按分して計算した相続税の総額は5,720万円です。 法定相続分どおりに分割が成立した場合 配偶者の負担分3,340万円は税額軽減により0円となり、納付するのは子2人分の2,380万円 未分割申告の場合 配偶者の税額軽減が使えないため、5,720万円を全額納付 この例では、分割が成立しないことにより3,340万円を余分に納付することになります。実際には小規模宅地等の特例も使えないため、課税価格自体が大きくなり、差はさらに広がります。後日還付される可能性はあるものの、いったんは現金で納付しなければなりません。 議決権の行使ができなくなる 未分割の自社株式は、相続人全員の準共有の状態になります。会社法第106条により、共有者は権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ、原則として株主としての権利を行使できません。 相続人間の対立によりこの指定・通知ができない場合、株主総会の決議が成立しなくなり、役員の選任や計算書類の承認といった会社の意思決定に支障が生じます。相続税の問題にとどまらず、会社運営そのものが停滞するおそれがあります。 ポイント③ 未分割の場合の救済手続き 未分割で申告した場合でも、その後に分割が成立すれば、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例については適用を受けられる仕組みがあります。ただし、手続きと期限が厳格に定められています。なお、ポイント②で述べたとおり、この救済はこの2つの特例についてのものであり、事業承継税制には及びません。 ① 申告期限後3年以内の分割見込書の提出 当初の相続税申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておくことが、後日の適用を受けるための前提となります。この書類には、分割されていない理由と分割の見込みの詳細を記載します。 提出を失念すると、その後に分割が成立しても配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用を受けられなくなります。 ② 更正の請求 申告期限から3年以内に分割が成立した場合、分割が行われた日の翌日から4か月以内に更正の請求を行うことで、納めすぎた税額の還付を受けられます。この4か月の期限を過ぎると請求できなくなるため、分割協議書が整った時点で速やかに手続きを進める必要があります。 ③ やむを得ない事情がある場合の承認申請 調停や訴訟が続いているなどの事情により3年以内に分割できない場合には、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、税務署長の承認を受ける方法があります。 提出期限は、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までです。この期間を過ぎると承認を受けられなくなるため、注意が必要です。 やむを得ない事由として認められるのは、家庭裁判所に遺産分割の調停または審判の申立てがされている場合、遺産分割をしないことについて家庭裁判所の審判や調停があった場合、遺贈に係る遺言の有効性などを争う訴えが提起されている場合などです。 承認を受けた場合には、その事由がなくなった日の翌日から4か月以内に分割し、更正の請求を行うことで、特例の適用を受けられます。 ポイント④ 金銭で一括納付できない場合 相続税は、申告期限までに金銭で一括納付するのが原則です。しかし、財産の大部分が自社株式や事業用不動産で占められている場合、納税資金が不足することは珍しくありません。 延納 金銭で一括して納付することが困難な場合に、申請により、税務署長の許可を受けて年賦で分割して納付することができる制度です。次の要件をすべて満たす必要があります。 相続税額が10万円を超えていること 金銭で納付することを困難とする事由があり、その納付を困難とする金額の範囲内であること 延納税額および利子税の額に相当する担保を提供すること(延納税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下である場合は不要) 延納申請に係る相続税の納期限または納付すべき日(延納申請期限)までに、延納申請書に担保提供関係書類を添付して税務署長に提出すること 申請後、税務署長は要件の調査結果に基づいて、延納申請期限から3か月以内に許可または却下を行います。 延納期間は、相続財産に占める不動産等の割合に応じて決まり、最長20年です。延納期間中は利子税がかかりますが、利子税の割合は各年の特例基準割合により調整される仕組みになっており、実際の負担率は年ごとに変動します。 なお、2つめの要件にある「納付を困難とする金額」(延納許可限度額)の計算方法は、令和7年度税制改正により見直されました。当面の事業経費として認められる金額が、従来の前年の事業経費の1か月分から3か月分に拡大されています。相続税については令和7年4月1日以後の相続開始分から適用されるため、従来より延納が認められやすくなる方向の改正です。 物納 延納によっても金銭で納付することが困難な場合に限り、その困難とする金額を限度として、相続財産そのものにより納付する制度です。物納に充てることができる財産には順位があります。 第1順位 不動産、船舶、国債証券、地方債証券、上場株式等 第2順位 非上場株式等 第3順位 動産 自社株式は第2順位であるため、第1順位の財産がある場合には、原則としてそれを優先して物納することになります。 また、管理処分不適格財産に該当する財産は物納できません。境界が明確でない土地、担保権が設定されている不動産、共有に属する不動産(共有者全員が持分の全部を物納する場合を除きます)、権利の帰属について争いがある財産などが該当します。 将来の物納を想定するのであれば、境界の確定や権利関係の整理を生前に済ませておく必要があります。相続開始後の10か月で隣接地所有者との境界確認を完了させることは、実務上かなり困難です。 まとめ 相続開始を知った日の翌日から4か月以内に被相続人の準確定申告、10か月以内に相続税の申告・納税を行う 申告期限までに遺産分割が成立しないと、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例が当初の申告では適用できず、納税額が大きくなる。ただし後日分割が成立すれば、所定の手続きにより遡って適用を受けられる これに対し事業承継税制(納税猶予)は、申告期限までに後継者が株式を取得していることが要件であり、後日分割が成立しても遡って適用を受ける仕組みがない。未分割のまま申告期限を迎えると、自社株にかかる相続税の猶予を受ける機会が失われる 未分割の自社株式は準共有となり、権利行使者の指定・通知ができなければ株主総会の決議に支障が生じる 配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例について救済を受けるには、当初申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求を行う 3年以内に分割できない場合は、3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請書を提出しておく 金銭一括納付が困難な場合は延納、延納によっても困難な場合は物納という手段がある。いずれも納期限または納付すべき日までに申請書を提出する必要がある 次回(第5回)からは後半の事業承継編に入ります。第5回は、同族会社の承継で中心となる自社株式の評価について解説します。取引相場のない株式の評価方法である類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式の考え方と、会社規模や株主区分による適用の違い、そして評価額が高額になっている場合の対応の考え方をお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第3回 経営者のための相続・事業承継 ~小規模宅地等の特例——自社に貸している土地で満たすべき要件~
同族会社を経営する方にとって、本社ビルや工場、倉庫が建っている土地は、個人の財産のなかでも大きな割合を占めることが少なくありません。とくに市街地に土地を持っている場合、路線価をもとに評価すると相続税評価額が数億円規模になることもあります。 この土地の評価額を大きく引き下げることができるのが「小規模宅地等の特例」です。ただし、土地を個人事業に使っている場合と、自社(法人)に貸し付けている場合とでは、適用される区分も要件も異なります。法人化している会社の土地に適用されるのは「特定同族会社事業用宅地等」であり、個人事業用の「特定事業用宅地等」とは別の要件を満たす必要があります。 今回は、この特定同族会社事業用宅地等の適用要件と、実務上あわせて確認しておきたい「土地の無償返還に関する届出書」との関係について解説します。 ポイント① 自社に貸している土地は「特定同族会社事業用宅地等」 小規模宅地等の特例には4つの区分があり、それぞれ限度面積と減額割合が定められています。 区分 限度面積 減額割合 特定事業用宅地等 400㎡ 80% 特定同族会社事業用宅地等 400㎡ 80% 特定居住用宅地等 330㎡ 80% 貸付事業用宅地等 200㎡ 50% このうち、被相続人が個人事業主として営んでいた事業の用に供されていた土地は「特定事業用宅地等」に該当します。一方、被相続人が同族会社に貸し付けており、その会社の事業の用に供されていた土地は「特定同族会社事業用宅地等」に該当します。 限度面積400㎡・減額割合80%という数字は同じですが、満たすべき要件が異なります。法人成りしている会社の社長が「自社のビルが建っているから80%減額できるはず」と個人事業用の感覚で判断すると、法人特有の要件を満たしておらず、特例が適用できないという結果になりかねません。 ポイント② 特定同族会社事業用宅地等の要件 この区分の適用を受けるには、次の要件をすべて満たす必要があります。 ① 法人の株式等の保有割合(同族会社の要件) 相続開始の直前において、被相続人およびその親族その他被相続人と特別の関係がある者が、その法人の発行済株式の総数または出資の総額の50%超を有していることが必要です。 外部からの出資を受け入れて持株比率が下がっている場合や、株式が親族外に分散している場合には、この要件から外れることがあります。資本政策を検討する際には、この点も確認しておく必要があります。 ② 法人の事業の用に供されていること その土地が、法人の事業の用に供されていた宅地等であることが必要です。ここでいう法人の事業からは、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業および準事業が除かれています。 つまり、自社が不動産賃貸業を営んでおり、その賃貸用物件の敷地として使っている場合には、この区分には該当しません。この場合は貸付事業用宅地等(200㎡・50%減額)として適用を検討することになります。 ③ 取得者の要件(役員要件・保有継続要件) その土地を相続または遺贈により取得した被相続人の親族が、申告期限においてその法人の役員(法人税法第2条第15号に規定する役員をいい、清算人を除きます)であることが必要です。 あわせて、その親族が相続開始時から申告期限まで引き続きその土地を保有していること、および申告期限まで引き続きその法人の事業の用に供されていることが求められます。 ここで注意したいのは、役員であることが求められるのは申告期限の時点であるという点です。相続開始時から継続して役員である必要はありませんが、逆に言えば、土地を相続した人が申告期限までに役員に就任していなければ、この区分は適用できません。 会社経営に関わっていない配偶者や、後継者以外の子が土地を単独で取得した場合には、この要件を満たせないおそれがあります。誰が土地を取得するかは、遺言や分割協議の段階で意識しておく必要があります。 なお、法人の事業内容が相続後に変更されても、引き続き事業の用に供されていれば要件は満たされます(貸付事業への変更は除きます)。この点は、被相続人の事業と同一の事業を継続することが求められる特定事業用宅地等とは異なります。 ④ 建物等の所有者と貸付けの形態 小規模宅地等の特例の対象となるのは、建物または構築物の敷地の用に供されている宅地等です(農地および採草放牧地を除きます)。したがって、更地や青空駐車場のまま貸し付けている土地は、この特例の対象になりません。 そのうえで、法人の事業の用に供されていた宅地等の範囲は、措置法関係通達において次の2つに整理されています。 その法人に貸し付けられていた宅地等(土地を法人に貸し付け、法人が建物等を所有しているケース) その法人の事業の用に供されていた建物等で、被相続人が所有していたもの、または被相続人と生計を一にしていた親族が所有していたもので、その法人に貸し付けられていたものの敷地(被相続人等が建物等を所有し、それを法人に貸し付けているケース) いずれの場合も、その貸付けが事業に該当すること、すなわち相当の対価を得て継続的に行われていることが前提となります(この点はポイント③で解説します)。また、建物等を被相続人と生計を一にする親族が所有している場合には、その親族が建物等の敷地を被相続人から無償で借り受けていた場合に限られます。 ポイント③ 無償で貸していると適用できない 実務でとくに問題になりやすいのが、土地の貸付けが有償であるかどうかです。 特定同族会社事業用宅地等に該当するためには、被相続人等から法人への不動産の貸付けが、相当の対価を得て継続的に行われている必要があります。「自分の会社から地代を取るのは気が引ける」「会社の経費を抑えたい」といった理由で、無償あるいは固定資産税相当額程度の低額で貸している場合、税務上は使用貸借と扱われ、この特例は適用できません。 自社ビルの敷地について特例の適用を予定しているのであれば、賃貸借契約書を整備し、適正な地代の授受を継続しておくことが前提となります。この点は相続が起きてからでは対応できないため、生前に確認しておくべき事項です。 ポイント④ 「土地の無償返還に関する届出書」との関係 ここまでは、小規模宅地等の特例の要件を見てきました。これとは別に、個人の土地を同族会社に貸している場合には、その土地の評価額そのものに影響する手続きがあります。 「地代」と「権利金」は別の話 最初に用語の整理をしておきます。ポイント③で有償であることが必要と述べたのは、毎月(毎年)授受する地代のことです。これから説明する「無償返還」は、借地関係が終了したときに法人が土地を無償で返還するという意味であり、権利金をめぐる取扱いです。名称に「無償」とありますが、地代を無償にするという話ではありません。 届出書の内容 個人所有の土地に同族会社が建物を建てて使用する場合、本来は借地権の設定にあたり権利金の授受が必要になります。同族間ではこれを省略することが多く、その場合に提出するのが「土地の無償返還に関する届出書」です。 これは、将来借地関係が終了したときに、法人が土地を無償で返還することを個人と法人の連名で税務署長に届け出るものです。この届出書を提出することで、法人側で権利金の認定課税を受けずに済みます。 評価は2段階で下がる 相続税の評価においては、この届出書が提出されている土地は、自用地としての価額の80%相当額で評価されます。 そして、この80%相当額を基礎として、要件を満たせばさらに特定同族会社事業用宅地等の80%減額を適用することになります。土地の評価は次の順序で計算されます。 第1段階 無償返還届出書の提出により、自用地としての価額の80%で評価する 第2段階 上記の金額に対し、小規模宅地等の特例(400㎡まで80%減額)を適用する なお、使用貸借により貸し付けている場合には、届出書を提出していても土地は自用地としての価額で評価されます。この点でも、有償による賃貸借としておくことが重要になります。 減額分は自社株の評価に反映される もっとも、第1段階の20%の減額について、注意すべき点があります。 被相続人が同族会社の株式を保有している場合、その株式を純資産価額方式で評価する際に、自用地としての価額の20%相当額が借地権として法人の資産に計上されます。つまり、土地の評価が20%下がる一方で、その分が株式の評価額に反映される仕組みになっています。 したがって、届出書の提出によって家族全体の相続財産が単純に20%減るわけではありません。土地と自社株を合わせて見る必要があり、個人の財産と会社の財産を一体として把握することが欠かせません。この自社株の評価そのものについては、第5回で取り上げます。 ポイント⑤ 自宅の敷地とは併用できる 経営者の相続では、自社ビルの敷地と自宅の敷地の両方を持っているケースが一般的です。 特定事業用宅地等・特定同族会社事業用宅地等(合計400㎡)と、特定居住用宅地等(330㎡)は、それぞれの限度面積まで完全に併用できます。したがって、要件を満たせば合計730㎡まで80%減額の適用を受けられます。 一方、選択する宅地等に貸付事業用宅地等が含まれる場合には、次の算式により200㎡の枠を分け合う調整計算が必要になります。 特定事業用等宅地等の面積 × 200/400 + 特定居住用宅地等の面積 × 200/330 + 貸付事業用宅地等の面積 ≦ 200㎡ 複数の宅地を所有している場合、どの土地にどの区分を適用するかによって減額される金額が変わります。単価の高い土地から優先的に適用するのが基本ですが、限度面積の調整も絡むため、実際には複数のパターンを試算して有利な選択を判断することになります。 適用には申告手続と相続人全員の同意が必要 この特例は、要件を満たせば自動的に適用されるものではありません。相続税の申告書にこの特例の適用を受けようとする旨を記載し、小規模宅地等についての課税価格の計算明細書や遺産分割協議書の写しなど、一定の書類を添付することが要件とされています(措置法第69条の4第7項)。 あわせて、特例の対象となり得る宅地等を取得した相続人等が2人以上いる場合には、どの宅地等について特例を適用するかという選択について、これらの者全員の同意が必要です(措置法施行令第69条の4第5項)。 経営者の相続では、この同意が実際に問題になります。自社ビルの敷地を相続した後継者と、自宅の敷地を相続した配偶者や他の子とで、どちらに特例を適用するかによって各人の税負担が変わるためです。限度面積の枠を超える場合には、家族全体の税額が最小になる選択と、各人の負担の公平とが一致しないこともあります。試算の結果を共有し、分割協議の段階で説明しておくことが欠かせません。 まとめ 自社に貸している土地に適用されるのは「特定同族会社事業用宅地等」であり、400㎡まで80%減額となる。個人事業用の「特定事業用宅地等」とは要件が異なる 被相続人と親族等で発行済株式等の50%超を保有していること、法人の事業(不動産貸付業等を除く)の用に供されていることが前提となる 土地を取得した親族は、申告期限においてその法人の役員であり、かつ相続開始時から申告期限まで土地を保有し、法人の事業の用に供され続けている必要がある 無償(使用貸借)による貸付けでは適用を受けられない。相当の対価による賃貸借としておくことが前提 適用には、相続税の申告書への記載と計算明細書等の添付が必要であり、対象となり得る宅地等を取得した者が2人以上いる場合には選択について全員の同意が必要となる 対象となるのは建物または構築物の敷地であり、更地や青空駐車場は該当しない。建物等を法人が所有している場合と、被相続人等が所有して法人に貸し付けている場合のいずれも対象となる 「土地の無償返還に関する届出書」は地代ではなく権利金に関する手続きである。提出している土地は自用地価額の80%で評価され、その金額にさらに小規模宅地等の特例を適用できる ただし、その20%相当額は自社株の評価上、借地権として法人の資産に計上されるため、家族全体の財産が単純に減るわけではない 自宅の敷地(特定居住用宅地等330㎡)とは完全併用でき、合計730㎡まで適用できる 次回(第4回)は、相続が発生した後の手続きの期限について解説します。相続税の申告期限は10か月ですが、その前に被相続人の所得税・消費税の準確定申告を4か月以内に行う必要があります。また、申告期限までに遺産分割が成立しない場合には、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えないという問題が生じます。その対応方法とあわせてお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第2回 経営者のための相続・事業承継 ~養子縁組で相続税は減るのか——基礎控除の仕組みと二次相続への備え~
相続税の負担を抑える方法を考えるとき、多くの方が最初に思いつくのが「法定相続人の数を増やして基礎控除を大きくする」という発想です。とくに、孫を養子にして世代を一つ飛ばす方法は、一見すると合理的に見えます。 しかし、税法上、法定相続人の数に算入できる養子の数には制限があり、孫を養子にした場合には税額の加算という別の負担も生じます。さらに、目先の相続税を抑えることばかりに目を向けると、その次の相続で家族全体の負担がかえって重くなることがあります。 今回は、相続税の計算の土台となる基礎控除のルールと、養子縁組をめぐる注意点、そして一次相続と二次相続を通算して考えることの重要性について解説します。 ポイント① 基礎控除は法定相続人の数で決まる 相続税の計算では、遺産の総額から基礎控除額を差し引きます。遺産の総額が基礎控除額以下であれば、相続税の申告も納税も必要ありません。 基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 法定相続人が1人増えるごとに、基礎控除額は600万円増えます。なお、ここでいう法定相続人の数は、相続の放棄をした人がいる場合でも、その放棄がなかったものとした場合の相続人の数によります(相続税法第15条第2項)。放棄によって基礎控除額が減ることはありません。 影響はそれだけではありません。相続税の総額は、課税遺産総額を各人の法定相続分で取得したものと仮定して、それぞれに税率を適用したうえで合計する仕組みになっています。相続人の数が多いほど、1人あたりの仮の取得金額が小さくなり、適用される累進税率の区分も下がります。そのため、基礎控除の拡大と税率区分の低下という二重の効果によって、相続税の総額が抑えられることになります。 この仕組みがあるため、法定相続人の数を意図的に増やそうとする動きが生じます。そこで税法には、次に見るような制限が設けられています。 ポイント② 法定相続人の数に算入できる養子の数には制限がある 養子縁組は民法上、人数の制限なく行うことができます。しかし相続税の計算においては、法定相続人の数に算入できる養子の数が次のように制限されています。 被相続人に実子がいる場合 養子は1人まで 被相続人に実子がいない場合 養子は2人まで この制限は、基礎控除額の計算だけでなく、死亡保険金・死亡退職金の非課税限度額(第1回で解説した「500万円 × 法定相続人の数」)や、相続税の総額の計算にも共通して適用されます。 実子とみなされる養子 ただし、次に該当する養子は実子とみなされ、上記の人数制限の対象外となります。 特別養子縁組により被相続人の養子となった者 被相続人の配偶者の実子で、被相続人の養子となった者(いわゆる連れ子養子) 被相続人と配偶者の結婚前に特別養子縁組により配偶者の養子となっていた者で、結婚後に被相続人の養子となった者 被相続人の実子、養子、直系卑属が既に死亡している場合などに、その者に代わって相続人となった直系卑属(代襲相続人) 形式基準を満たしていても否認されることがある 人数制限の範囲内であれば必ず認められるわけではない点にも注意が必要です。相続税法第63条は、養子の数を法定相続人の数に算入することが相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、その原因となる養子の数を法定相続人の数に算入しないで相続税の計算をすることができる旨を定めています。 養子縁組を検討する際は、人数の形式的な要件だけでなく、縁組の実態や目的も含めて確認しておく必要があります。 ポイント③ 孫を養子にすると相続税額が2割加算される 後継者である子の子(孫)を養子にすることで、財産の移転を一世代分省略しようと考える経営者は少なくありません。子から孫への移転にかかる相続税を一度飛ばせるという発想です。 しかし、ここには税額の加算という負担が伴います。相続税法第18条は、相続または遺贈により財産を取得した者が、被相続人の一親等の血族および配偶者以外の者である場合には、その者の相続税額にその2割に相当する金額を加算すると定めています。 孫は被相続人にとって二親等の血族です。養子縁組をすれば民法上は子としての身分を得ますが、被相続人の直系卑属で養子となった者は、この2割加算の対象とされています。ただし、代襲相続人となっている孫(親である実子が既に亡くなっているため相続人となった孫)は、加算の対象から除かれます。 金額への影響 2割加算は、各人の算出相続税額に対して行います。孫養子について、加算前の税額が1,000万円と計算された場合を考えます。 代襲相続人である孫の場合 1,000万円(加算なし) 実子が健在で、単に養子となった孫の場合 1,200万円(2割加算あり) 一世代分の移転を省略できることによる将来の税負担の軽減と、今回の相続で生じる200万円の負担増を比較して判断する必要があります。財産の規模や次の世代の状況によって結論は変わるため、数値による検証が欠かせません。 ポイント④ 一次相続と二次相続を通算して考える 実務でよく見られるのが、先に亡くなった配偶者の相続(一次相続)の税額を抑えることに集中した結果、残された配偶者の相続(二次相続)で子の負担が大きくなってしまうケースです。 配偶者については、取得した財産が1億6,000万円または配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、相続税がかからないという税額軽減が設けられています。この制度を使えば、一次相続で配偶者にすべての財産を取得させることにより、納税額をゼロにすることも可能です。 しかし、二次相続では次の3つの事情が重なります。 配偶者が亡くなっているため、配偶者の税額軽減は使えない 相続人が1人減るため、基礎控除額が600万円縮小する 一次相続で配偶者に集中させた財産がそのまま課税対象となり、相続人1人あたりの取得金額が大きくなるため、適用される税率区分も上がる 数値による比較 父の遺産2億円、相続人は母と子2人の計3人とします。母固有の財産はなく、相次相続控除などは考慮しない前提で計算します。 一次相続の相続税の総額は、基礎控除4,800万円(3,000万円+600万円×3人)を差し引いた1億5,200万円を法定相続分で按分して計算し、2,700万円となります。 パターンA 母が全額(2億円)を取得した場合 一次相続 配偶者の税額軽減により0円 二次相続 遺産2億円-基礎控除4,200万円=1億5,800万円。子2人の法定相続分は各7,900万円。各人の税額は7,900万円×30%-700万円=1,670万円。合計3,340万円 通算 3,340万円 パターンB 母が1億円、子2人が各5,000万円を取得した場合 一次相続 相続税の総額2,700万円のうち、母の負担分は税額軽減により0円。子2人の合計は1,350万円 二次相続 遺産1億円-基礎控除4,200万円=5,800万円。子2人の法定相続分は各2,900万円。各人の税額は2,900万円×15%-50万円=385万円。合計770万円 通算 1,350万円+770万円=2,120万円 この前提では、パターンAのほうが通算で1,220万円多く納めることになります。一次相続の納税をゼロにしたことが、結果として家族全体の負担を増やしています。 なお、この試算では母固有の財産をゼロとしていますが、実際には母自身が現預金や不動産を持っていることが多く、その分だけ二次相続の課税対象は大きくなります。差はさらに広がる方向に働きます。 一方で、二次相続までの期間が長ければ母の生活資金として財産が費消されることもあり、また一次相続から10年以内に二次相続が発生した場合には相次相続控除が適用されます。どのような分割が有利かは前提の置き方で変わるため、実際の財産構成と家族の状況に基づいた試算が必要です。 ポイント⑤ 経営者の場合は自社株の集中も同時に考える 経営者の相続では、税額の多寡だけで分割を決めることはできません。後継者に経営権を集中させるという課題を同時に解決する必要があるためです。 自社株式を配偶者に一時的に取得させると、二次相続の際に改めて分割協議が必要になります。その時点で相続人の意見が分かれれば、株式が分散し、議決権の確保が困難になるおそれがあります。一次相続の段階で後継者に集中させておくほうが、経営の安定という観点からは望ましい場合が多くなります。 他方で、後継者に自社株を集中させれば、その分だけ後継者の納税額は大きくなります。納税資金をどう確保するか、他の相続人との公平をどう図るかという問題が生じます。この点は第8回(納税資金対策)と第9回(遺留分対策)で改めて取り上げます。 母の年齢や健康状態、会社の株価の見通し、後継者以外の相続人の意向を踏まえ、一次相続と二次相続を通した税額と資金繰りの両面から分割案を組み立てることが、同族会社の承継では欠かせません。 まとめ 基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算する。相続人が増えると基礎控除が増えるだけでなく、適用される税率区分も下がる 法定相続人の数に算入できる養子は、実子がいる場合は1人、いない場合は2人まで。特別養子や連れ子養子などは実子とみなされる。また、相続税の負担を不当に減少させると認められる場合には、算入が否認されることがある 孫を養子にした場合、代襲相続人である場合を除き、相続税額が2割加算される。世代を飛ばす効果と加算による負担増を比較して判断する 一次相続で配偶者の税額軽減を使い切ると、二次相続で基礎控除の縮小と税率区分の上昇により負担が重くなることがある。一次・二次を通算した税額で分割案を検討する 経営者の場合は、税額に加えて後継者への自社株の集中という観点も同時に考慮する必要がある 次回(第3回)は、自社ビルや工場の敷地の評価を大きく引き下げることができる「小規模宅地等の特例」について解説します。同族会社に貸している土地に適用される特定同族会社事業用宅地等は、個人事業用の特定事業用宅地等とは要件が異なります。適用にあたって満たすべき要件を整理してお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第1回 経営者のための相続・事業承継 ~見落としやすい相続財産——死亡保険金・死亡退職金と社長貸付金~
経営者の相続では、預貯金や不動産、自社株式といった目に見える財産だけでなく、日ごろ意識されにくい財産が課税対象に含まれてきます。その代表例が、会社の資金繰りを支えるために社長が会社へ貸し付けたお金、いわゆる「社長貸付金」です。 会社の帳簿には「役員借入金」として計上され、社長個人から見れば会社に対する債権にあたります。「自分の会社に自分のお金を貸しているだけ」と考えて放置されがちですが、相続が起きたときには相続財産として評価され、遺族の納税負担に直結します。 今回は、経営者の相続財産の全体像を確認したうえで、社長貸付金の評価のルールと、生前に検討できる整理の手法について解説します。 ポイント① 相続財産には「みなし相続財産」も含まれる 相続税の対象となる財産は、預貯金・不動産・有価証券といった被相続人が生前から所有していた財産(本来の相続財産)だけではありません。被相続人の死亡をきっかけに相続人が受け取る財産のうち、実質的に相続財産と同様の経済的価値を持つものは、「みなし相続財産」として相続税の課税対象となります。 経営者の相続で関わることが多いのは、次の2つです。 死亡保険金 被相続人が保険料を負担していた生命保険契約に基づき、相続人が受け取る保険金 死亡退職金 被相続人の死亡により支給される退職手当金等で、死亡後3年以内に支給が確定したもの いずれについても、相続人が受け取る場合には非課税枠が設けられています。 死亡保険金の非課税限度額 500万円 × 法定相続人の数 死亡退職金の非課税限度額 500万円 × 法定相続人の数 この2つの非課税枠は別々に計算されるため、法定相続人が3人であれば、死亡保険金で1,500万円、死亡退職金で1,500万円と、合計3,000万円まで非課税で受け取れる計算になります。ただし、非課税枠が使えるのは相続人が受け取った場合に限られ、相続を放棄した人や相続人以外の人が受け取った場合には適用されません。 会社から支給する死亡退職金については、法人税法上、不相当に高額な部分は損金に算入されないという別の論点もあります。役員退職金規程の整備を含め、会社側の処理とあわせて設計しておくことが必要です。 ポイント② 社長貸付金は原則として「額面」で評価される 本題である社長貸付金の評価に移ります。貸付金債権の相続税評価は、財産評価基本通達204により、元本の価額と課税時期までの既経過利息の合計額とされています。同族会社への貸付けでは無利息とされていることが多いため、実務上は会社の帳簿に計上されている役員借入金の残高が、そのまま評価額になるのが通常です。 ここで問題になるのが、会社に返済能力がない場合です。たとえば社長が自社に5,000万円を貸し付けており、会社は赤字が続いていて返済の目処が立たないとします。社長本人が「返してもらうつもりはない」と考えていたとしても、その意思だけで評価額が下がることはありません。相続税の課税対象としては、原則として5,000万円の債権として評価されます。 その結果、遺族の手元に現金が入らないにもかかわらず、その分に対応する相続税だけを現金で納めなければならない事態が生じます。 回収不能な場合の例外規定 もっとも、例外がまったくないわけではありません。財産評価基本通達205は、債権金額の全部または一部について、課税時期において一定の事実に該当するとき、その他その回収が不可能または著しく困難であると見込まれるときは、その金額を元本の価額に算入しないと定めています。 通達に列挙されている事実には、手形交換所において取引停止処分を受けたとき、会社更生法の規定による更生手続開始の決定があったとき、業況不振のためまたはその営む事業について重大な損失を受けたためその事業を廃止しまたは6か月以上休業しているときなどがあります。 注意が必要なのは、これらに該当しない場合の「回収が不可能または著しく困難であると見込まれるとき」の判断です。この点については裁判例・裁決例が積み重なっており、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であることが求められます。単に債務超過である、赤字が続いているというだけでは足りず、事業を継続している会社への貸付金について評価額をゼロとすることは、実務上は容易ではありません。また、これらの事実は課税時期において存在している必要があり、相続開始後に該当することとなっても認められません。 つまり、実務の前提としては「原則として額面で評価される」と考えたうえで、生前の対策を検討することになります。 ポイント③ 社長貸付金を整理する3つの手法 社長貸付金を生前に圧縮・整理する手法として、実務では主に次の3つが検討されます。いずれも一長一短があり、会社の状況によって適否が分かれます。 手法① 債権放棄 社長が会社に対して債務の免除を通知し、貸付金を消滅させる方法です。手続き自体は簡便ですが、2つの税務リスクがあります。 1つは、会社側で債務免除益が益金に算入されることです。繰越欠損金が十分に残っていれば相殺できますが、相殺しきれない部分には法人税が課されます。放棄する金額と繰越欠損金の残高を事前に確認し、必要に応じて複数年に分けて放棄することが検討されます。 もう1つは、他の株主に対する「みなし贈与」です。債務免除によって会社の純資産価額が増加すると、自社株式の価額が上昇します。同族会社に対して債務の免除等があり、それによって株式の価額が増加した場合、その増加した部分に相当する金額は、債務免除等をした者からの贈与によって取得したものとして取り扱われます(相続税法第9条、相続税法基本通達9-2)。後継者などがすでに株式を保有している場合、その株主に贈与税が課される可能性があります。 手法② 債権の生前贈与 会社に対する貸付金という債権そのものを、後継者や子へ贈与によって移転していく方法です。会社側で債務免除益が生じず、他の株主へのみなし贈与の問題も生じません。 ただし、暦年課税の基礎控除(受贈者1人につき年110万円)の範囲で進める場合、数千万円規模の貸付金を整理するには長い年月がかかります。また、令和6年1月1日以後の贈与については、相続財産に加算される期間が3年から7年へ段階的に延長されている途中にあり、今後は相続が近い時期の贈与ほど圧縮効果が生じにくくなっていきます(加算期間の推移と相続時精算課税制度との使い分けについては、第6回で詳しく解説します)。 さらに、債権が分散すると、贈与を受けた側が会社に対して返済を求める立場に立つことになります。将来の資金繰りや親族間の関係に影響するため、贈与先の選定は慎重に行う必要があります。 手法③ DES(デット・エクイティ・スワップ) 社長が有する貸付金債権を会社に現物出資し、その対価として会社が発行する株式を受け取ることで、負債を資本に振り替える方法です。貸借対照表から借入金が消え、自己資本が厚くなるため、金融機関の評価が改善する効果があります。 「振替えるだけ」ではない——債務消滅益が生じる仕組み DESは、借入金を直接資本金に振り替える処理ではありません。法形式としては金銭債権の現物出資であり、会社が自社に対する債権を取得することで、混同により債務が消滅するという構成をとります。 ここが税務上の論点につながります。法人税法上、現物出資により増加する資本金等の額は、給付を受けた資産の価額、すなわち時価によることとされています。一方、消滅する債務は帳簿価額(額面)で落ちます。この差額が債務消滅益として益金に算入され、繰越欠損金で相殺しきれなければ法人税が課されます。帳簿上の振替えであって現金が増えるわけではないため、納税資金の手当てが別途必要になります。 混乱しやすいのは、対比される2つの数字の性質が異なる点です。会社の帳簿に計上されている役員借入金は、返済義務の名目額であり、額面以外では計上されません。これに対して現物出資される債権の時価は、債務者である会社の弁済能力を反映した実質的な価値です。会社が債務超過で返済の見通しが立たなければ、額面5,000万円の債権であっても、その時価は額面を下回ります。 なお、会社法では、弁済期が到来した金銭債権について、払込価額がその債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合には検査役の調査を省略できるとされており、額面での処理が認められています。しかし税務上の取扱いは別であり、この違いが誤解のもとになっています。 債務超過でなければ問題にならない 裏を返せば、会社に十分な弁済能力があれば、債権の時価は額面と一致し、債務消滅益は生じません。財務改善を目的として健全な会社でDESを行う場合には、この論点は生じないことになります。検討にあたっては、まず自社が債務超過かどうかを確認することが出発点となります。 債権の評価には第三者の関与が必要 債務超過の会社で実行する場合、債権の時価をいくらと見るかが、会社の法人税等の負担額を左右します。法令上、評価を行う者の資格要件は定められていませんが、税務調査で問題となり得る金額であるため、実務では公認会計士や税理士による評価を取得します。会社の資産を時価に洗い替えた実態純資産の把握や、事業計画に基づく将来の弁済可能額の見積りが必要となるためです。 評価報酬に加え、募集株式の発行にかかる登記費用も生じます。債権放棄や生前贈与と比べて手続きが重く、実行コストがかかる点も、選択にあたっての判断材料になります。 このほか、DESにより新株を発行すると持株比率が変動するため、後継者の議決権割合への影響もあわせて検討する必要があります。 また、債務消滅益が生じる場合には、消滅した債務の額に見合う株式が発行されないため、その差が既存株主の持分価値を押し上げます。他の株主がいる場合には、債権放棄と同様にみなし贈与の問題が生じ得ます。 ポイント④ 実務では組み合わせで考える ここまで見てきた通り、社長貸付金の整理に万能の手法はありません。繰越欠損金の残高、現在の自社株評価額、他の株主の構成、後継者の持株比率といった要素によって、適切な手法は変わります。実務では単一の手法に頼るのではなく、複数の手法を組み合わせ、複数年にわたって段階的に進めることが多くなります。 また、対策が完了する前に相続が発生する可能性にも備えておく必要があります。ポイント①で触れた死亡保険金は、非課税枠の範囲内であれば相続税の課税対象から外れたうえで、遺族に現金として渡ります。貸付金に対応する相続税の納税原資として、あらかじめ確保しておく設計は有効です。 まずは自社の決算書における役員借入金の残高を確認し、それが個人の相続財産としてどの程度の規模になるのかを把握するところから始めることをおすすめします。 まとめ 相続税の対象には、死亡保険金・死亡退職金といった「みなし相続財産」も含まれる。いずれも「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠が別々に設けられている 社長貸付金は、財産評価基本通達204により原則として元本の額で評価される。回収不能な場合の例外規定(同205)はあるが、債務超過や赤字というだけでは適用されない 整理の手法には、債権放棄(債務免除益とみなし贈与のリスク)、債権の生前贈与(時間がかかる・生前贈与加算の期間が7年へ延長中)、DES(債務超過の会社では債務消滅益が生じるほか、債権の評価や登記に実行コストがかかる)があり、いずれも一長一短がある 単一の手法に依存せず、会社と個人の税務を横断的に確認したうえで組み合わせを検討する。あわせて、納税原資としての死亡保険金の確保も有効 次回(第2回)は、相続税の計算の出発点となる「基礎控除」の仕組みと、法定相続人の数え方について解説します。相続人を増やすための養子縁組には税法上の制限があり、また一次相続で税負担を抑えすぎると二次相続で負担が重くなることがあります。世代を通じた税負担の考え方をお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第6回 経営者のための消費税入門 ~中間申告と納税資金の準備——資金繰りでつまずかないために~
全6回にわたってお届けしてきた消費税シリーズも、今回が最終回です。これまで、消費税の基本構造から納税義務の判定、インボイス制度の経過措置、原則課税と簡易課税の選択、届出書の期限まで解説してきました。 最終回となる今回は、消費税の納税義務が生じたあとに向き合うことになる「中間申告」の仕組みと、多くの経営者が資金繰りで苦労する「消費税の納税資金の管理」について解説します。消費税は、法人税以上に「気づいたら納税資金が足りない」という事態に陥りやすい税金です。その理由と対策まで押さえて、シリーズを締めくくります。 ポイント① 消費税の「中間申告」とは 消費税も法人税と同様に、一定の規模を超えると、年1回の確定申告に加えて、期の途中で前もって納税する「中間申告」の義務が生じます。1年分の消費税をまとめて納めるのではなく、あらかじめ分割して前払いしておく仕組みです。 中間申告が必要かどうか、また何回必要かは、「直前の課税期間の確定消費税額」によって決まります。ここでいう確定消費税額は、地方消費税を含まない「国税分」で判定する点に注意が必要です。 直前の課税期間の確定消費税額(国税分) 中間申告の回数 48万円以下 中間申告は不要(確定申告のみ) 48万円超〜400万円以下 年1回 400万円超〜4,800万円以下 年3回 4,800万円超 年11回 中間申告で納めた税額は、あくまで前払いであり、年度末の確定申告で1年分の税額を計算した際に、すでに納めた中間納付額を差し引いて精算します。中間納付額が多すぎた場合は、確定申告で還付されます。 なお、前年度の確定消費税額が48万円以下で中間申告義務がない事業者でも、任意で年1回の中間申告を行うことができます(任意の中間申告制度)。半年ごとに納税を分けることで、確定申告時の負担を平準化したい場合に活用できます。 ポイント② 中間納付額の2つの計算方法 中間納付税額の計算方法には、「前課税期間の実績による方法」と「仮決算による方法」の2つがあります(それぞれ消費税法第42条、第43条に規定されています)。実務では前者を「予定申告」、後者を「仮決算」と呼ぶことが一般的です。 前課税期間の実績による方法(原則) 前年の確定消費税額を、回数に応じて機械的に分割して納める方法です。たとえば年1回であれば前年税額の2分の1(6/12)、年3回であれば4分の1(3/12)ずつを納めます。特別な計算は不要で、税務署から送られてくる納付書に記載された金額を納めるだけで済みます。 仮決算による方法 中間申告の対象期間を1つの課税期間とみなして仮の決算を行い、実際の業績に基づいて中間納付額を計算する方法です。 この方法が役立つのは、前年は好調だったが今期は業績が落ち込んでいる場合です。前課税期間の実績による方法では前年実績で計算されるため、業績が悪化していても前年並みの中間納付を求められますが、仮決算による方法なら、実際の業績に見合った少ない金額に抑えられる可能性があります。ただし、仮決算の結果、納税額がマイナスになったとしても、中間申告では還付は受けられず、納付額がゼロになるだけです。また、仮決算には手間がかかるため、実施するかどうかは資金繰りとのバランスで判断する必要があります。 なお、中間申告書を期限までに提出しなかった場合でも、無申告として扱われることはなく、自動的に前課税期間の実績による方法で申告したものとみなされます。ただし、みなされた納付額の納税義務は残るため、納付を忘れると延滞税の対象になる点には注意が必要です。 ポイント③ なぜ消費税は「納税資金が足りなくなる」のか 消費税は、法人税以上に納税資金の準備でつまずきやすい税金です。その理由は、消費税の「預かり金」としての性質にあります。 売上とともに受け取った消費税は、あくまで会社が消費者や取引先から一時的に「預かっている」お金であり、いずれ国に納めるべきものです。しかし、この預かった消費税は、日々の入金の中に紛れ込んで会社の預金口座に入ってきます。会計上は「預り金(仮受消費税)」として区別されていても、実際の現金は事業の運転資金と一体になってしまいます。 その結果、預かった消費税を運転資金として使ってしまい、いざ納税の時期になって「手元に納税分の現金が残っていない」という事態に陥りがちです。とくに、免税事業者から課税事業者になったばかりの事業者は、それまで意識してこなかった消費税の納税が新たに発生するため、資金繰りの感覚が追いつかないことがあります。中間申告の対象になれば、年度末を待たずに期中にも納税が必要になり、この負担はさらに前倒しでやってきます。 ポイント④ 消費税の納税資金を守る実務的な対策 消費税の納税で資金不足に陥らないために、実務でできる対策を紹介します。 ①預かった消費税は「別口座」で管理する 最もシンプルで効果的なのが、消費税分を物理的に分けてしまう方法です。売上が入金されたら、そのうちの消費税相当額(おおよその割合を決めておく)を、納税専用のサブ口座に移しておきます。使えるお金と納めるべきお金を口座レベルで分離することで、「気づいたら使ってしまっていた」という事態を防げます。 ②中間申告を「資金繰りの平準化」に活用する 中間申告は一見すると負担ですが、見方を変えれば「1年分の納税を分割して払える仕組み」でもあります。年度末に一度に大きな金額を納めるより、期中に分けて納めるほうが、資金繰りは安定します。中間申告義務がない事業者でも、任意の中間申告を使えば同じ効果が得られます。 ③納税額の見込みを早めに把握する 顧問税理士と連携し、決算を待たずに「今期の消費税はおおよそいくらになりそうか」を早めに把握しておくことが大切です。とくに、原則課税か簡易課税かによって納税額は変わるため、期の途中で着地の見込みを立てておくと、納税資金の準備計画が立てやすくなります。 まとめ 直前の課税期間の確定消費税額(国税分)が48万円を超えると、金額に応じて年1回・3回・11回の中間申告が必要になる 中間納付額は前年実績で計算する方法(予定申告)が原則だが、業績が悪化している場合は仮決算による方法で納付額を抑えられることがある 消費税は「預かり金」の性質が強く、運転資金と混ざって使ってしまいやすいため、納税資金が不足しやすい 預かった消費税を別口座で管理する、中間申告(任意の中間申告を含む)を納税の平準化に活かす、納税額の見込みを早めに把握するといった対策が有効 全6回にわたる消費税シリーズを通じて、制度の基本から納税資金の管理まで解説してきました。消費税は、インボイス制度の導入以降、これまで関わりの薄かった事業者にも身近な税金となり、また経過措置や特例の見直しも続いています。制度は今後も変わっていく可能性があるため、自社の状況に応じた具体的な判断については、顧問税理士などの専門家に相談しながら進めていただければと思います。 参考文献 竹内綱敏『消費税の誤りやすい届出・申請手続の実務対応』第3版、税務研究会出版局 熊王征秀・渡辺章『逐条放談 消費税のインボイスQ&A』決定版、中央経済社 椿隆『税務調査官の視点からつかむ消費税の実務と対策』第一法規 青木丈・野一色直人『基礎からわかる タックス・リサーチ』清文社 木山泰嗣『先生!税法ってどうやって読めば良いですか?』税務研究会出版局 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第5回 経営者のための消費税入門 ~1日遅れるとその課税期間は使えない——消費税の届出書の提出期限と実務対応~
消費税の実務でとくに注意が必要なのが、「各種届出書の提出期限」です。「簡易課税を選んで納税額を抑えよう」「設備投資をするので、あえて課税事業者になって還付を受けよう」と計画を立てていても、届出書の提出が1日でも遅れると、その計画が実現できなくなってしまうことがあります。 消費税法は届出の提出期限について厳格で、「うっかり忘れていた」という理由での遅れは、原則として救済されません。今回は、消費税の届出書の提出期限のルールと、遅れた場合のリスク、そして実務上の防衛策について解説します。 ポイント① 届出書は「適用を受けたい期間の初日の前日まで」が原則 消費税の主な選択届出書には、次のようなものがあります。 消費税課税事業者選択届出書 免税事業者が、あえて自ら課税事業者になるとき 消費税簡易課税制度選択届出書 原則課税ではなく簡易課税で計算したいとき 各種の選択不適用届出書 選択していた制度をやめて元に戻したいとき これらの届出書に共通する原則的な提出期限は、「適用を受けようとする課税期間の初日の前日まで」です。 たとえば3月決算(4月1日〜翌年3月31日)の法人が翌期から簡易課税を適用したい場合、前日である「3月31日」が提出のデッドラインです。もし提出が「4月1日(期が始まった当日)」になってしまうと、1日遅れたことになり、その課税期間(丸1年間)は簡易課税を適用できず、原則課税で計算することになります。 ここで重要なのは、消費税には法人税のような「申告期限の延長」の制度がなく、届出の期限についても、事前提出が原則だという点です。翌期の計算方法は、その期が始まる前に決めておかなければならない、という仕組みになっています。 ポイント② 1日の遅れがもたらす損失——2つの事例 「1日遅れただけで、そんなに差が出るのか」と思われるかもしれません。実務で起こりやすい2つの事例を見てみましょう。 事例① 還付が受けられない(課税事業者選択届出書の遅れ) 普段は免税事業者である法人が、翌期に2,200万円(うち消費税200万円)の事業用店舗ビルを購入し、賃貸(課税取引)を始める予定でした。そこで、翌期からあえて課税事業者になる届出を出し、購入時に支払った消費税200万円の還付を受ける計画を立てていたとします。 しかし、「課税事業者選択届出書」の提出が期の開始日以降になってしまうと、店舗ビルを購入した期は免税事業者のままとなり、仕入税額控除ができず、200万円の還付は受けられなくなります。 なお、届出が間に合って還付を受けられた場合でも、この規模の建物のように税抜1,000万円以上の資産(高額特定資産)を原則課税で取得すると、取得した課税期間を含めて3年間は免税事業者に戻れず、その間は簡易課税も選べなくなります。還付額だけでなく、その後の納税額も含めて計画を立てることが大切です。 事例② 納税額が跳ね上がる(簡易課税選択届出書の遅れ) 前々年の課税売上高が1,000万円を超えている個人事業主が、翌年から簡易課税(サービス業・みなし仕入率50%)へ移行する計画でした。売上2,000万円(預かり消費税200万円)に対し、簡易課税なら100万円の納税で済む予定だったとします。 ところが、前年12月31日までに提出すべき届出書を年明けの1月4日に提出してしまうと、その年は原則課税が適用されます。経費が人件費中心で課税仕入れが少なかった場合、実際に支払った消費税が20万円だけだとすると、納税額は180万円となり、予定より80万円も負担が増えてしまいます。 なお、2割特例・3割特例の適用を受けてきた事業者には、第3回・第4回で解説した届出期限の特例があります。この事例は、そうした特例の対象とならない事業者を想定しています。 ポイント③ 新規設立・相続には提出期限の特例がある 「新しく会社を設立したときや、相続で事業を引き継いだときは、初日の前日までの提出は不可能では」と思われるかもしれません。こうしたケースには、開始日以降の提出でも間に合う特例があります。 新規設立法人 設立第1期から課税事業者になりたい、または簡易課税を適用したい場合は、その設立第1期の事業年度終了の日(決算日)までに届出書を提出すれば、1期目から適用を受けられる 相続による事業承継 個人事業主が亡くなり相続人が事業を引き継いだ場合など、一定の要件のもとで、相続があった年の12月31日までに届出書を提出すれば、その年から簡易課税などを適用できる特例がある いずれも、事前提出が物理的に不可能なケースへの配慮として設けられているものです。 ポイント④ 提出が遅れた場合の救済措置 経営者や担当者の「うっかり忘れていた」「制度を知らなかった」「体調不良だった」といった理由による遅れには、原則として救済措置はありません。 ただし、「災害その他やむを得ない理由」によって期限までに提出できなかった場合に限り、例外的な救済が用意されています。地震・台風・火災などの災害や、それに準ずる事業者の責めに帰することができない事情によって届出書を提出できなかった場合、そのやむを得ない事情がやんだ日から2か月以内に、税務署長へ特例承認申請書を届出書とあわせて提出し、承認を受けることで、期限内に提出したものとして扱ってもらえます。 ただし、これはあくまで大規模災害のような不可抗力を想定した限定的なものです。「制度を知らなかった」「提出を失念していた」「経理担当者が急に退職した」といった会社内部の事情は、この「やむを得ない理由」には該当しません。原則として、期限厳守が大前提です。 ポイント⑤ 提出遅れを防ぐための実務上の防衛策 消費税の届出ミスは、会社の資金繰りに直接影響します。以下の対策を習慣にしておきましょう。 ①決算を迎える前に消費税のシミュレーションを行う 決算を終えてから「簡易課税にしておけばよかった」「還付を受けたかった」と気づいても手遅れです。当期の決算作業に入る前の段階で、翌期の売上見込みや設備投資の予定を洗い出し、「届出書を出すべきか、出すなら期限はいつか」を顧問税理士と確認する時間を確保しておくことが大切です。 ②提出した証拠を必ず残す 「出したはず」という記憶だけでは、万一税務署に記録がなかった場合に対抗できません。もっとも確実なのはe-Taxでの提出で、送信後にメッセージボックスに格納される「受信通知」を保存しておけば、提出の事実と日付が記録として残ります。 なお、令和7年1月から、書面で提出した申告書等の控えへの収受日付印の押なつは行われなくなりました。窓口で提出する場合は、職員にリーフレットの交付を希望する旨を申し出れば、収受した日付と税務署名が記載されたものを受け取れます。郵送等で提出する場合も、切手を貼付した返信用封筒を同封しておけば、同様のリーフレットが返送されます。ただし、これは「当分の間の対応」とされている暫定的な取扱いです。書面で提出する場合は、記録が残る方法(簡易書留やレターパックなど)で送付し、発送記録・控え・リーフレットをセットで保管しておきましょう。 ③登録状況を確認する インボイスの登録申請などを行った際は、国税庁の「適格請求書発行事業者公表サイト」で、自社の登録番号が正しく公表・有効になっているかを確認する習慣をつけておくと安心です。 まとめ 消費税の選択に関する届出書の提出期限は、原則として「適用を受けようとする課税期間の初日の前日まで」である 1日でも遅れると、その課税期間は適用が認められず、還付を受けられない・納税額が増えるといった損失につながる 新規設立法人や相続による事業承継など、事前提出が難しいケースには提出期限の特例がある 救済措置は災害などの不可抗力に限られ、失念や制度の不知では認められない。期中のシミュレーションと提出証拠の保管で防ぐことが大切 次回(第6回・最終回)は、消費税の納税義務が確定したあとに気を配りたい「中間申告」の仕組みと、消費税の納税資金の準備・管理について解説します。消費税は「預かり金」としての性質が強いため、資金管理を誤ると納税時に資金が不足しやすい税金です。その対策を含めてお届けします。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。 【2026年10月16日 更新】事例①に高額特定資産の取扱いを追記し、事例②の前提条件と数値を修正しました。
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第4回 経営者のための消費税入門 ~原則課税か簡易課税か——仕組みの違いと有利判定の考え方~
前回(第3回)は、免税事業者等からの課税仕入れに係る仕入税額控除の経過措置(令和8年10月から控除割合が80%→70%へ縮小)や、「2割特例」の終了と個人事業者向けの「3割特例」について解説しました。 こうした特例や経過措置は期間を区切って設けられたものであり、いずれ本来のルールに沿った計算に戻ります。その出発点となるのが、「原則課税」と「簡易課税」のどちらで消費税を計算するかという選択です。特例を使ってきた事業者に限らず、以前から課税事業者である会社や個人事業主にとっても、毎期の納税額を左右する重要な判断です。 この選択によって、同じ売上・同じ経費でも納める消費税額が変わり、日々の経理の事務負担も大きく変わります。今回は、2つの計算方法の仕組みを比較し、自社にとってどちらが有利になるかの判断基準を解説します。 ポイント① 消費税の2つの計算方法 消費税の納税額の計算方法には、「原則課税」と「簡易課税」の2つがあります。 原則課税(実額で計算) 第1回で紹介した「売上で預かった消費税-仕入・経費で支払った消費税」を、実際の取引データに基づいて計算する方法です。設備投資などで支払った消費税が預かった消費税を上回った場合には、その差額の還付を受けられます。一方で、仕入税額控除を受けるには、支払った経費の請求書や領収書がインボイスの要件を満たしているかを確認し、帳簿に正確に記録・保存する必要があるため、経理の事務負担は重くなります。 簡易課税(みなし仕入率で計算) 実際に支払った経費の額に関係なく、売上で預かった消費税に、業種ごとに定められた「みなし仕入率」を掛けて仕入税額控除の額を計算する方法です。売上(預かった消費税)さえ分かれば納税額を計算できるため、経費のインボイスを1枚ずつ確認する必要がなく、経理作業の負担を大きく減らせます。ただし、簡易課税では仕組み上、消費税の還付を受けることはできません。 ポイント② 簡易課税の「事業区分」と「みなし仕入率」 簡易課税を選択した場合、自社の事業が以下の6つの区分のどれに該当するかによって、みなし仕入率が決まります。 事業区分 主な業種 みなし仕入率 第1種事業 卸売業(他の事業者に販売) 90% 第2種事業 小売業(一般消費者に販売) 80% 第3種事業 製造業、建設業、農林水産業など 70% 第4種事業 飲食店業、その他の事業 60% 第5種事業 サービス業、金融・保険業、運輸通信業など 50% 第6種事業 不動産業(賃貸・仲介など) 40% 多くのひとり社長やフリーランス、ITエンジニア、コンサルタント、整体・エステサロンなどは「第5種(サービス業等)」に該当し、みなし仕入率は50%となります。店舗やオフィスのテナント賃貸などの不動産賃貸業は「第6種」に該当し、みなし仕入率は最も低い40%です。 なお、事業区分の判定は業種によって迷いやすいものもあります。たとえば建設業でも、主要な資材を自己負担して施工すれば第3種ですが、資材の支給を受けて施工のみを行う場合や、解体・足場工事などの役務提供が中心の工事は第4種になるなど、細かな判定が必要な場面があります。複数の事業を営んでいる場合は区分ごとの計算も必要になるため、判定に迷う場合は顧問税理士に確認するのが確実です。 ポイント③ 簡易課税を適用するための要件 簡易課税は、希望すればどの事業者でも使えるわけではなく、以下の2つの要件を満たす必要があります。 売上規模の要件 基準期間(2年前)の課税売上高が5,000万円以下であること。5,000万円を超える事業者は原則課税のみとなる 届出の要件 「消費税簡易課税制度選択届出書」を、原則として適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに提出していること 届出の期限には注意が必要です。原則として、簡易課税を使いたい課税期間が始まる前日までに提出しておく必要があり、提出が遅れると、その課税期間は原則課税で計算することになります。ただし、2割特例または3割特例の適用を受けた事業者については、前回解説した通り、届出期限に特例が設けられています。実務上の使い方はポイント⑤で改めて取り上げます。 ポイント④ 原則課税と簡易課税、どちらが有利か どちらが有利かの判断基準は、「実際の課税経費の割合が、自社の事業区分のみなし仕入率より高いか低いか」です。サービス業(第5種・みなし仕入率50%)の会社を例に、2つのケースを見てみましょう。 前提:課税売上高1,000万円(預かり消費税100万円) ケースA 経費がほとんどかからないビジネス(ITコンサルなど) 実際の課税経費が200万円(支払い消費税20万円)だった場合。 原則課税 100万円-20万円=80万円 簡易課税 100万円-(100万円×50%)=50万円 この場合、簡易課税のほうが30万円安くなります。実際の経費率(20%)がみなし仕入率(50%)を下回っているため、みなし仕入率で計算する簡易課税が有利になります。 ケースB 外注費や仕入が多いビジネス 実際の課税経費が700万円(支払い消費税70万円)だった場合。 原則課税 100万円-70万円=30万円 簡易課税 100万円-(100万円×50%)=50万円 この場合は原則課税のほうが20万円安くなります。実際の経費率(70%)がみなし仕入率(50%)を上回っているため、実額で控除する原則課税が有利です。 事務負担も判断材料になる 金額の損得だけでなく、経理の事務負担も判断材料です。原則課税では、仕入れのすべての領収書についてインボイスかどうかを確認し、記帳ルールに従って処理する必要があります。一方、簡易課税は売上データの集計だけで申告できるため、記帳の手間や税理士への委託費用を抑えられます。税額の差が小さければ、事務負担の軽さを優先して簡易課税を選ぶのも、中小企業にとっては合理的な判断です。 ただし、大きな設備投資を予定している期は、原則課税なら還付を受けられる可能性がある一方、簡易課税では還付が受けられません。翌期以降の投資計画も見据えて判断することが大切です。 ポイント⑤ 2割特例・3割特例の終了後の簡易課税への移行 2割特例や3割特例を使ってきた事業者は、特例の適用が終わったあと、自動的に簡易課税になるわけではありません。何も届出をしなければ、原則課税で計算することになります。簡易課税へ移行したい場合は、届出が必要です。 前回解説した通り、2割特例または3割特例の適用を受けた事業者については、その特例の適用を受けた課税期間の翌課税期間中に届出書を提出すれば、その翌課税期間から簡易課税を適用できます。さらに令和8年度税制改正により、その翌課税期間が令和8年10月1日以後に終了する場合には、提出期限がその翌課税期間の確定申告期限まで延長されました。 この確定申告期限までの延長が使えるケースでは、その期の決算数字が出そろってから「原則課税と簡易課税のどちらが有利か」を判定し、そのうえで簡易課税を選ぶかどうかを決められます。本記事のポイント④で示したような試算を、見込みではなく確定した数字で行えるということです。 ただし、届出の期限は、特例に該当するかどうか、また課税期間の終了時期によって変わります。自社がどのルールに当てはまるのか、早めに顧問税理士と確認しておくと安心です。 まとめ 消費税の計算方法には、実額で集計する「原則課税」と、売上からみなし計算する「簡易課税」がある 簡易課税は基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者が使え、6つの事業区分ごとに40%〜90%のみなし仕入率が適用される 実際の経費率がみなし仕入率を下回る業種(サービス業など)や、経理の事務負担を減らしたい会社は、簡易課税を選ぶメリットが大きい。一方、大きな設備投資を予定している期は、還付を受けられる原則課税が有利になることがある 2割特例・3割特例の適用者は、その翌課税期間中(一定の場合は確定申告期限まで)に届出をすれば簡易課税へ移行でき、有利判定をしてから選べる 次回(第5回)は、「課税事業者選択」をはじめとする各種届出書の提出期限のルールと、期限に遅れた場合に生じる不利益、そして提出漏れを防ぐための実務上の備えについて解説します。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第3回 経営者のための消費税入門 ~インボイス経過措置の縮小と「2割特例」終了への備え~
前回(第2回)では、消費税の納税義務判定と、インボイス登録や課税事業者選択によって自ら課税事業者になる方法を解説しました。今回は、そのインボイス制度に関わる2つの重要な経過措置——「免税事業者等からの仕入れに係る経過措置」と、免税事業者から課税事業者になった方向けの「2割特例」——について、令和8年度税制改正で変わった最新のスケジュールを踏まえて解説します。 これらの措置は、令和8年(2026年)10月に大きな節目を迎えました。免税事業者と取引している会社、インボイス制度を機に課税事業者になった方の双方に関わる内容ですので、現状を正確に押さえておきましょう。 ポイント① そもそもインボイスがないと仕入税額控除ができない 第1回で解説した通り、消費税の納税額は「預かった消費税」から「支払った消費税」を差し引いて計算します(仕入税額控除)。インボイス制度の下では、この仕入税額控除を受けるために、原則として取引の相手方が発行した「インボイス(適格請求書)」の保存が必要です。 インボイスを発行できるのは、税務署に登録した「適格請求書発行事業者」だけです。免税事業者や、登録していない事業者はインボイスを発行できません。そのため、これらの相手から仕入れた分については、本来は仕入税額控除ができず、その消費税相当額は自社が負担することになります。 ポイント② 【重要改正】免税事業者からの仕入れの控除割合が段階的に縮小 とはいえ、インボイス制度の開始によって免税事業者との取引が急に不利になると、経済への影響が大きくなります。そこで、免税事業者などインボイスを発行できない相手からの仕入れについても、当面は仕入税額相当額の一定割合を控除できる「経過措置」が設けられています。 この経過措置の控除割合は段階的に縮小していきますが、令和8年度税制改正により、当初の予定から引き下げ幅が緩和され、適用期間も延長されました。最新のスケジュールは次の通りです。 期間 控除できる割合 〜令和8年(2026年)9月30日 仕入税額相当額の80% 令和8年(2026年)10月1日〜令和10年9月30日 仕入税額相当額の70% 令和10年(2028年)10月1日〜令和12年9月30日 仕入税額相当額の50% 令和12年(2030年)10月1日〜令和13年9月30日 仕入税額相当額の30% 令和13年(2031年)10月1日〜 控除なし(0%) ここで注意したいのは、令和8年10月1日から、控除割合が80%から70%に下がったという点です。当初の制度では、この時点で50%まで一気に引き下げられる予定でしたが、令和8年度税制改正によって「70%」に緩和され、あわせて経過措置全体の終了時期も令和11年9月から令和13年9月へと2年延長されました。 この経過措置で控除しきれなかった消費税は、原則として仕入れのコスト(原価)に含まれることになります。つまり、免税事業者からの仕入れや外注が多い会社ほど、控除割合が下がるにつれてコスト負担が増えていくことになります。とくに外注費の比率が高い建設業やサービス業では、将来のコスト増を早めに試算しておくことが大切です。 なお、控除割合は「いつの取引か」で判定します。商品なら引渡し日、サービスなら完了日が基準となり、発注日や支払日では判定しません。たとえば9月に発注し、10月に納品された商品は、70%控除の対象になります。 ポイント③ 【重要改正】「2割特例」は終了、個人事業者には「3割特例」へ ここまでは、免税事業者から仕入れる「買い手側」の話でした。次に、インボイス登録によって免税事業者から課税事業者になった「売り手側」を支える「2割特例」について見ていきます。 「2割特例」は、インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった方が、消費税の納付税額を「売上で預かった消費税の2割」に抑えられる制度です。仕入や経費を細かく集計しなくても、売上さえ把握すれば納税額を計算できるため、多くの小規模事業者に活用されてきました。 この2割特例は、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する課税期間をもって終了します。ここで、令和8年度税制改正により、個人と法人で取り扱いが分かれることになりました。 個人事業者 令和8年分(2026年分)の申告が2割特例の最後の適用。その後、令和9年分・令和10年分の2年間に限り、納付税額を「売上で預かった消費税の3割」とできる「3割特例」が新たに設けられた 法人 令和8年9月30日を含む課税期間で2割特例が終了。3割特例のような延長措置はなく、以降は原則課税または簡易課税で計算することになる 個人事業者向けの「3割特例」は、事前の届出は不要で、確定申告書にその適用を受ける旨を付記することで使えます。ただし、各年の基準期間(前々年)の課税売上高が1,000万円以下であることなどの要件があり、毎年、対象かどうかを確認する必要があります。 法人にはこの受け皿がないため、2割特例の終了後は、原則課税と簡易課税のどちらで計算するのが有利かを、あらためて検討する必要があります。この原則課税と簡易課税の選択については、次回(第4回)で詳しく解説します。 ポイント④ 2割特例・3割特例の後、簡易課税への移行がしやすくなった 2割特例や3割特例を使った事業者が、その適用が終わったあとに「簡易課税」へ移行しやすくするための措置が設けられています。令和8年度税制改正では、この措置の届出期限がさらに延長されました。 通常、簡易課税制度を選択するには、適用したい課税期間が始まる前までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する必要があります。しかし、2割特例(または個人事業者の3割特例)の適用を受けた事業者については、以前から、その特例の適用を受けた課税期間の翌課税期間中に届出書を提出すれば、その翌課税期間から簡易課税を適用できることとされています。これに加えて、令和8年度税制改正により、その翌課税期間が令和8年10月1日以後に終了する場合には、提出期限がその翌課税期間の確定申告期限まで延長されました。 これにより、特例の終了後に「原則課税と簡易課税のどちらが有利か」を、その期の決算数字を見てから判断できるようになりました。届出のタイミングが実質的に後ろ倒しになるため、シミュレーションの結果を踏まえて落ち着いて選択できます。 まとめ インボイス制度では、原則としてインボイス(適格請求書)がないと仕入税額控除ができない 免税事業者からの仕入れに係る控除割合は、令和8年10月1日から80%→70%に縮小した(当初予定の50%から緩和され、終了時期も令和13年9月まで延長された) 免税事業者から課税事業者になった方向けの「2割特例」は令和8年9月末で終了。個人事業者には令和9年・10年分に「3割特例」が新設されたが、法人に延長措置はない 2割特例・3割特例の適用者は、特例終了後の翌課税期間中(一定の場合は確定申告期限まで)に届出をすれば簡易課税へ移行でき、有利判定をしてから選べる 次回(第4回)は、消費税の2つの計算方法である「原則課税」と「簡易課税」を比較し、2割特例が終わった後の事業者がどちらを選ぶべきか、その判断基準について解説します。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。
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第2回 経営者のための消費税入門 ~課税事業者になるのはどんなとき?判定ルールと選択のパターン~
前回(第1回)は、消費税の基本的な仕組みと、不課税・非課税・免税という取引区分について解説しました。今回は、そもそも自社に消費税を納める義務があるのかどうかを判定する「納税義務判定」について確認していきます。 消費税には、一定規模以下の事業者の納税義務を免除する「事業者免税点制度」があります。自社が納税義務を負う「課税事業者」なのか、免除される「免税事業者」なのかは、いくつかの基準を順番に確認して判定します。起業したての方や、売上が1,000万円前後で推移している事業者の方はとくに重要な内容です。 ポイント① 原則は「2年前の売上高」で決まる——基準期間 消費税の納税義務は、まず「基準期間」の課税売上高で判定するのが原則です。基準期間の課税売上高が1,000万円以下であれば、その年(その事業年度)は原則として免税事業者となり、消費税の納税義務が免除されます。 基準期間とは 個人事業主:その年の「前々年」/法人:その事業年度の「前々事業年度」 判定の基準 基準期間の課税売上高が1,000万円を超えているかどうか ポイントは、判定に使うのが「2年前」の売上高だということです。今期の売上がいくら大きくても、原則として2年前の実績で今期の納税義務が決まります。逆に言えば、当期に大きく売り上げても、その分の消費税を納めるのは原則として2年後の課税期間から、ということになります。 なお、判定に使う「課税売上高」は、第1回で解説した課税取引と免税取引(輸出)の売上の合計です。非課税売上や不課税の収入は含みません。 ポイント② 落とし穴になりやすい「特定期間」 基準期間の課税売上高が1,000万円以下でも、それだけで安心はできません。急成長している事業者を対象に、より直近の期間で判定し直す「特定期間」というルールがあるためです。 特定期間とは 個人事業主:その年の「前年1月1日から6月30日まで」/法人:原則として「前事業年度開始の日以後6か月間」 この特定期間における「課税売上高」と「支払った給与等の額」の両方が1,000万円を超えた場合に、基準期間の売上が1,000万円以下であっても、その期から課税事業者となります。 ここで実務上重要なのが、この判定は課税売上高と給与等支払額のどちらの基準で行うかを、事業者が選べるという点です。たとえば特定期間の課税売上高が1,000万円を超えていても、支払った給与等の額が1,000万円以下であれば、給与等支払額のほうを基準に選ぶことで、免税事業者のままでいることができます。急成長したスタートアップでも、まだ人件費が少額であれば、この判定でカバーできる場合があるということです。 ポイント③ 新設法人には「2年間の免税」が使えないことも 新しく設立した法人には、そもそも「前々事業年度」が存在しないため、設立第1期・第2期は基準期間がなく、原則として免税事業者となります。しかし、これには重要な例外があり、次のいずれかに該当する場合は、設立当初から課税事業者となります。 新設法人(資本金1,000万円以上) 事業年度開始の日の資本金または出資金の額が1,000万円以上の場合、設立第1期から課税事業者となる 特定新規設立法人 資本金1,000万円未満でも、課税売上高が5億円を超えるような大規模な企業グループ(親会社など)に株式の50%超を保有されて設立された法人は、設立当初から課税事業者となる 「新設法人は最初の2年間は消費税が免税」という説明を耳にすることがありますが、上記のように資本金や出資関係によっては当初から課税事業者となるため、設立時の資本金の額を決める際には、消費税の観点からの検討も欠かせません。 ポイント④ インボイス登録をすると、判定に関係なく課税事業者になる ここまで見てきた基準期間・特定期間・新設法人の判定は、あくまで「事業者免税点制度」に基づくものです。しかし、これらの判定で免税事業者に該当する場合でも、あえて課税事業者を選ぶケースが、インボイス制度の開始以降は増えています。 インボイス(適格請求書)を発行するには、「適格請求書発行事業者」として登録する必要があり、登録すると、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても課税事業者となります。つまり、納税義務判定とは別のルートで、課税事業者になる道があるということです。 登録すべきかどうかは、自社の取引先の性質によって考え方が変わります。 主な取引先が事業者(BtoB)の場合 取引先は、自社が支払う消費税について仕入税額控除を受けるためにインボイスを必要とする。インボイスを発行できないと取引先の税負担が増えるため、取引の継続や価格交渉に影響することがあり、登録が求められやすい 主な取引先が一般消費者(BtoC)の場合 消費者は仕入税額控除を行わないため、インボイスを必要としない。この場合、免税事業者のままでいるという選択肢も十分に検討できる インボイス登録には、次回(第3回)で解説する「2割特例」や経過措置も密接に関わってきます。免税事業者が登録すべきかどうかは、目先の取引だけでなく、こうした特例も踏まえて総合的に判断する必要があります。 ポイント⑤ 還付を受けるために「あえて課税事業者を選ぶ」 インボイス登録とは別に、免税事業者が「消費税課税事業者選択届出書」を提出して、自ら課税事業者になる方法もあります。免税事業者は納税義務がない代わりに、仕入れや経費で支払った消費税の還付を受けることもできません。そこで、あえて課税事業者になることで、還付を受けられるようにするという選択です。 具体的には、次のようなケースで検討されます。 多額の設備投資を予定している場合 店舗や事務所の取得、高額な機械の導入などで支払う消費税が、売上で預かる消費税を上回る場合、課税事業者を選ぶことで差額の還付を受けられる 輸出売上が中心の場合 輸出は免税売上(消費税0%)のため預かる消費税が発生しない一方、国内での仕入れには消費税がかかる。課税事業者を選ぶことで、その仕入れ分の還付を受けられる ただし、この選択には注意点があります。「消費税課税事業者選択届出書」を提出すると、原則として2年間は免税事業者に戻ることができません。さらに、その2年の間に税抜100万円以上の建物や機械など(調整対象固定資産)を原則課税で購入した場合は、購入した課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間まで、免税事業者に戻ることも、簡易課税を選ぶこともできなくなります。設備投資をした年は還付を受けられても、その後も納税義務が続くため、還付額だけでなく、拘束される期間全体で有利になるかを見極める必要があります。また、この届出書には提出期限(原則として適用を受けたい課税期間の初日の前日まで)があり、これを過ぎると還付を受けたい年に間に合わなくなります。届出のタイミングは非常に重要で、この点は第5回で詳しく解説します。 まとめ 消費税の納税義務は、原則として「基準期間(2年前)」の課税売上高が1,000万円を超えるかどうかで判定する 基準期間が1,000万円以下でも、「特定期間」の課税売上高と給与等支払額の両方が1,000万円を超えると課税事業者になる(どちらの基準で判定するかは選べる) 新設法人でも、資本金1,000万円以上の場合や、大規模な企業グループに支配されて設立された場合(特定新規設立法人)は、設立当初から課税事業者となる インボイス(適格請求書発行事業者)に登録すると、上記の判定にかかわらず課税事業者となる。登録の要否は取引先がBtoBかBtoCかで考え方が変わる 設備投資や輸出などで還付を受けたい場合は、「課税事業者選択届出書」を提出してあえて課税事業者になる方法もある(原則2年間、一定の設備を購入した場合は3年間、免税に戻れない点に注意) 次回(第3回)は、2026年10月にひとつの節目を迎えるインボイス制度の経過措置と、免税事業者から課税事業者になった人向けの「2割特例」について、最新のスケジュールを踏まえて解説します。 ※本記事は掲載時点の法令・税制に基づいて作成しています。その後の税制改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。 【2026年10月16日 更新】課税事業者を選択した場合の拘束期間(調整対象固定資産を取得した場合)について、記載内容を確認し、一部追記しました。
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