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[番外編]経営者のための経営戦略 ~「この機械の利回りは何%?」——NPVを補完する「内部利益率(IRR)」の使い方~
全7回にわたる「経営者のための経営戦略」シリーズをお読みいただき、誠にありがとうございました。本編では、数百万・数千万円の機械を買うかどうかの投資判断のツールとして「NPV(正味現在価値法)」を中心に解説しました。時間価値と税金を考慮した上で、金額ベースで投資の採算性を判定する手法です。 しかし実務の現場には、NPVと並んで頻繁に用いられるもう一つのツールが存在します。今回の番外編では、「内部利益率(IRR)」の具体的な算出方法とその弱点について解説します。 ポイント① 社長は「金額」よりも「パーセンテージ(%)」がお好き 前シリーズでは、「この新しい機械を導入すれば、最終的にNPVがプラス559万円になりますからGOサインです」という説明をしました。論理的にはこれで十分なのですが、中小企業の社長にこの説明をしても、いまいちピンとこない(腹落ちしない)ことがよくあります。 なぜなら、経営者は普段から銀行の借入金利(%)や売上高営業利益率(%)といった「率」の指標に慣れ親しんでいるためです。「金額で儲かるのも大事だけど、結局この設備投資は年利何%の利回りになるの?」というパーセンテージでの説明を好む傾向があります。NPVという金額の絶対値だけでは、投資の効率性が直感的に掴みにくいという実務上の悩みがあります。 ポイント② 投資の利回りを示す「内部利益率(IRR)」 そこで実務の現場においてNPVとセットでよく使われるのが「内部利益率法(IRR:Internal Rate of Return)」です。その設備投資プロジェクトが「実質的に何%の利回りを生み出すか」を計算する手法です。 NPV(正味現在価値法) 投資によって会社にいくらのキャッシュ(金額)が残るかを示す絶対基準 IRR(内部利益率法) 投資に対する収益率(パーセンテージ)を示す相対基準 IRRの使い方はシンプルです。「社長、この新しい機械の投資利回りは10%です。自社の資本コスト(銀行の借入金利など)が3%ですから、十分に元が取れますし、銀行の金利も余裕で払えますよ」といった具合に説明できます。金額(NPV)だけではイメージしづらかった投資の魅力が、金利(%)と比較することで、経営者の直感にダイレクトに響くようになります。 ポイント③ どうやってIRRを算出するのか? では、IRRはどのように算出すればよいのでしょうか。管理会計の理論上、IRRは「将来得られるキャッシュフローの現在価値の合計が、初期の投資額とピッタリ等しくなる(=NPVがゼロになる)割引率」と定義されます。 オリジナル事例でシミュレーションしてみましょう。1,200万円の機械を導入し、向こう4年間、毎年320万円の正味キャッシュフローが得られる投資案があるとします。4年間でトータル1,280万円が返ってくるわけですが、時間価値を考慮した「真の利回り(IRR)」は何%になるでしょうか。 これを手計算で求めるのは非常に厄介です。なぜなら、1%・2%・3%……と様々な割引率を公式に当てはめて、現在価値の合計がちょうど1,200万円になるまで試行錯誤を繰り返さなければならないからです。 しかし、現代の実務において社長が複雑な数学を解く必要はありません。表計算ソフト(Excelなど)の「IRR関数」を使えば一瞬で答えが出ます。Excelのセルに、投資した年の「-1,200(万円)」、1〜4年目の「320(万円)」を4つ並べて入力し、「=IRR(範囲)」と関数を適用するだけです。 初期投資額 ▲1,200万円 1〜4年目の年間キャッシュフロー 各320万円 IRR(Excelで算出) 約2.6% 「実質的な利回りが約2.6%なら、自社の借入金利と比較してどうか」という観点で、客観的な数字に基づいてスピーディーに判断できます。仮に借入金利が2%であれば投資に値すると判断できますし、借入金利が3%であれば見送りを検討すべきということになります。 ポイント④ IRRの弱点——なぜ絶対基準はNPVなのか? こんなに便利でExcelでも簡単に計算できるIRRを、なぜ本編から外したのでしょうか。それは、IRRには理論上の弱点が2つ存在するからです。 弱点1:規模の異なる投資案の比較で矛盾が生じる A案 投資額100万円・利回り(IRR)20% B案 投資額1,000万円・利回り(IRR)15% 利回りだけで判断するIRRの基準に従えば「A案を採用すべき」という結論になります。しかし、会社に残る絶対的な利益金額(NPV)で計算すると、投資規模の大きいB案のほうが会社により多くのキャッシュを残し、企業価値を高めるという逆転現象が起こることがあります。利回り(%)が高いからといって、手元に残る現金が多いとは限らないのです。 弱点2:計算上、答えが複数出てしまうことがある 機械の入れ替えや途中での追加投資・撤退に伴う損失など、将来のキャッシュフローがプラスとマイナスを何度も行き来するような複雑なプロジェクトでは、計算上IRRの答えが複数出てしまう(たとえば「10%と30%」のように)という数学的な欠点があります。これでは、どちらの利回りを信じていいのかわかりません。 短い連載の中で「NPV(金額)」と「IRR(率)」を両方紹介すると、「結局どちらの数字を信じて投資を決断すればいいのか?」と読者を混乱させてしまうため、本編ではどんな場合でもブレない絶対基準である「NPV」に絞りました。 まとめ——数字の力で経営を強くする 理論上の弱点はあるものの、実務においてIRRは経営者の直感に訴えかける有力なプレゼンツールです。「まずExcelのIRR関数で投資の利回りを直感的に把握し、最終的な決断や複数の投資案の比較には絶対基準であるNPV(金額)を用いる」という使い分けが、ひとつの実務的なアプローチとして参考になるかと思います。 「自社の適正な発注・在庫量はどのくらいか」「高額な機械を買う前に、プロの視点で利回り(IRR)やNPVを正確にシミュレーションしてほしい」——こうした日々の決断に迷いや不安を感じられたら、ぜひ私たち会計の専門家にご相談ください。全22回+番外編でお届けしてきた管理会計・戦略会計の知識が、社長様の会社にキャッシュを残し、明るい未来を拓くための「羅針盤」となれば幸いです。
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[番外編]経営者のための経営分析実践[応用編] ~「まとめ買いは得」は本当か?——発注費用と保管費用のトレードオフ~
全15回にわたってお届けした「経営分析実践[応用編]」をお読みいただき、誠にありがとうございました。本編では、限界利益・差額収支分析・予算管理・商品ラインの撤退判断といった、利益とキャッシュフローの構造を見極めるための手法を中心にお伝えしてきました。 しかし実は、企業の実務において資金繰りを悪化させるもう一つの大きな要因が存在します。それが「在庫・購買管理」の失敗です。今回は特別番外編として、社長が陥りやすい「まとめ買いの罠」と、会社のキャッシュを守るための「経済的発注数量」の具体的な算出方法について解説します。 ポイント① 社長を誘惑する「まとめ買い」の甘い罠 「社長、1万個まとめて発注してくれれば、単価を2割引にしますよ」——仕入先からのこうした提案は、中小企業の現場で頻繁に起こります。単価が下がれば1個あたりの限界利益が上がるため、つい「まとめ買い」に飛びついてしまいがちです。 また、まとめて発注することには確かなメリットもあります。材料や商品を仕入れる際には、発注担当者の人件費・通信費・検査費用といった手続きのコストがかかります。これを管理会計では「発注費用」と呼びます。1回あたりの発注量を増やして年間の発注回数を減らせば減らすほど、この発注費用の総額は劇的に減少していきます。「単価も下がるし、手間も省ける。だから大量にまとめて買うのが正解だ」と考えるのは、一見すると合理的に思えます。 ポイント② 見えないコスト「保管費用」の逆襲 しかし、まとめ買いをして大量の在庫を長期間倉庫に抱えると、目に見えないコストが静かに膨れ上がっていきます。これを「保管費用」と呼びます。倉庫のスペース代・保険料・商品の劣化や廃棄リスクなどがこれに該当しますが、管理会計において見落とされがちなのが「資金が在庫として長期間寝てしまうことによる資本コスト(金利)」です。 たとえば、100万円相当の材料をまとめ買いして倉庫に保管したとします。倉庫に置かれた材料からは、当然ですが利息は1円も生まれません。在庫とは、いわば「お金が商品という姿に形を変えて、倉庫の棚に眠っている状態」なのです。もしこの100万円を材料仕入に使わず、年利1%で運用していれば、1年後には1万円のキャッシュを生み出せたはずです。つまり、材料を大量に保管するということは、この1万円の「機会利得」を失っている(機会損失を発生させている)ことになります。借入金で仕入れた場合は、在庫が売れるまでの間、銀行に無駄な利息を払い続けることになり、キャッシュの流出はさらに深刻です。 1回あたりの発注量を増やせば増やすほど、平均在庫量は増え、この「保管費用(資本コスト)」は右肩上がりに増加していくのです。 ポイント③ トレードオフの着地点「経済的発注数量」を計算する ここで2つのコストの動きを整理してみましょう。 発注費用 1回の発注量が多いほど下がる(年間の発注回数が減るため) 保管費用 1回の発注量が多いほど上がる(平均在庫量が増えるため) この相反する2つのコストの合計額が最も低くなる「最適な発注量」を見極めるための理論が「経済的発注数量」です。その最適な発注量を導き出すための公式は以下の通りです。 経済的発注数量 √(2 × 1回あたりの発注費用 × 年間の材料必要数量 ÷ 1ロットあたりの資本コスト) ポイント④ 実際にシミュレーションしてみよう ある食品製造業(N社)を例にシミュレーションしてみましょう。 年間の材料必要数量 6,000ロット 1ロットあたりの購入原価 30,000円 1回あたりの発注費用 4,000円(担当者の人件費・通信費・検査費用など) 資本コスト率(金利など) 1% まず「1ロットあたりの資本コスト」を計算します。購入原価30,000円に資本コスト率1%を掛けると300円になります。これを公式に当てはめます。 経済的発注数量 √(2 × 4,000円 × 6,000ロット ÷ 300円)= √160,000 = 400ロット このケースでは「1回に400ロットずつ発注する」のが、発注費用と保管費用の合計を最も安く抑え、会社のキャッシュ流出を最小化できる最適な発注量という答えが出ます。年間6,000ロットが必要なので、発注回数は年間15回(=6,000÷400)となります。 まとめ 「1ロットで買えば安い」という現場のどんぶり勘定を放置せず、発注の手間(発注費用)と在庫がもたらす資金の滞留(保管費用)を天秤にかけて、自社にとって適正な発注量を数学的に計算すること——これが、見えないキャッシュの流出を防ぐための重要な視点のひとつです。倉庫に大量の在庫が眠っているのを見かけたら、ぜひこの「経済的発注数量」と「見えない保管費用」の存在を思い出してください。 ちなみに、このテーマは本編と少し毛色が異なると判断し、番外編という形で掲載させていただきました。 次回は、経営戦略シリーズで解説した「NPV(正味現在価値法)」と並んで実務でよく使われる投資判断のツール、「内部利益率(IRR)」を取り上げます。「この機械の投資利回りは結局何%なのか?」という指標の使い方と、その弱点について解説します。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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最終回 経営者のための経営戦略 ~「もったいない」が会社を潰す——戦略的撤退と埋没原価を断ち切る勇気~
全7回でお届けしてきた新シリーズも、いよいよ今回が最終回です。これまで、時間価値(金利)・税引後実質金利・タックス・シールド・NPV(正味現在価値)・正味営業運転資金・リースと購入の比較など、未来のキャッシュを最大化するための「前向きな投資判断」について学んできました。しかし、経営において最も苦しく、かつ会社を救うために最も重要な決断は、投資を始めることではありません。「不採算事業から撤退すること」です。 ポイント① 2つの撤退——「戦術的撤退」と「戦略的撤退」 「撤退」という言葉を聞いて、前シリーズで学んだ限界利益の知識を思い出した方もいらっしゃるでしょう。管理会計・戦略会計の世界において、撤退には大きく分けて2つのレベルが存在します。 戦術的撤退 「ある商品の限界利益(売上-変動費)がマイナスになったから、その商品の生産・販売を中止する」といった、日々の業務レベルでの短期的な判断。局地戦での撤退と言えます。 戦略的撤退 「長年続けてきた不採算事業部を閉鎖すべきか」「赤字を垂れ流している新規事業から手を引くべきか」といった、中長期的な企業の基本構造を根底から変えるダイナミックな決断。 この「戦略的撤退」を迫られたとき、多くの中小企業の社長は決断を先送りにしてしまいます。なぜなら、そこには経営者の心を縛り付ける目に見えない巨大な「罠」が潜んでいるからです。 ポイント② 経営者の決断を鈍らせる「埋没原価(サンクコスト)」の罠 その罠の正体こそが「埋没原価(サンクコスト)」です。社長が3年前、新規事業として5,000万円を投じて飲食店舗(レストラン)をオープンさせたとします。しかし立地の悪さや競合の激化により、事業は毎年赤字続き。挽回の見込みは全くありません。理屈の上では今すぐ閉鎖して撤退すべきですが、社長の頭の中にはこんな感情が渦巻きます。 「今ここでやめたら、つぎ込んだ5,000万円の設備投資がすべてムダになってしまう。なんとかしてモトを取らなければ……もったいない!」 この「もったいない」という感情こそが埋没原価の罠です。管理会計において、過去にすでに支払ってしまって、今さらどのような決断を下しても絶対に回収できない原価のことを「埋没原価」と呼びます。意思決定を行う際、過去の埋没原価は計算から除外することが、戦略会計における基本的な考え方です。 ポイント③ 「もったいない」という感情がキャッシュを奪う なぜ埋没原価を無視しなければならないのでしょうか。「5,000万円がもったいない」という理由だけで赤字の事業を無理に延命させたらどうなるか、考えてみてください。 過去に支払った5,000万円は、事業を続けようがやめようが、どちらにせよ戻ってきません。しかし事業を延命させれば、これから先の未来において、従業員の給料・家賃・光熱費といった「新たなキャッシュの流出」が毎月確実に発生し続けます。過去の損失(埋没原価)に執着するあまり、未来の貴重なキャッシュをさらに失う結果を招いてしまうのです。 「もったいない」という人間として自然な感情は、経営判断においては会社の資金繰りを悪化させる大きな要因になり得ます。すでに支払ってしまったお金(過去)への未練は、できる限りドライに断ち切ることが求められます。 ポイント④ 未来の「キャッシュフローの差額」だけで白黒つける では、戦略的撤退の正しい決断方法はどのようなものでしょうか。社長が比べるべきは、過去の帳簿上の数字ではなく、以下の「2つの未来のキャッシュフロー」だけです。 A案(撤退せず延命する未来) このまま赤字事業を数年間続けた場合に生じる、マイナスのキャッシュフローの現在価値 B案(今すぐ撤退する未来) 今すぐ事業を停止し、残った設備や内装をスクラップとして売却(あるいは他社へ事業譲渡)することで得られるキャッシュフローの現在価値 過去の5,000万円の投資額や、帳簿に残っている設備の未償却残高などは、どちらの未来を選ぶにしても一切関係のない「埋没原価」として切り捨てます。純粋に「これから先、A案とB案のどちらが、自社により多くのキャッシュを残すか(あるいは流出を最小限に食い止められるか)」という差額だけを比較して、決断を下すのです。 ポイント⑤ 退く勇気こそが、企業の存続を支える 事業の撤退を決定すると、一時的に多額の特別損失(除却損など)が損益計算書に計上されるかもしれません。しかし、本シリーズを学んだ皆様ならもうお分かりのはずです。会計上の「損失」は、必ずしも現金の流出を意味しません。むしろ赤字の垂れ流しをストップし、残った資産を売却して現金化することで、リアルな「キャッシュ」は守られます。 「事業を始める決断」よりも、「事業から退く決断」のほうが、何倍も経営者の孤独と勇気を必要とします。そこには、自らの失敗を認める痛みが伴うからです。戦略会計は私たちに、ひとつの重要な視点を与えてくれます。「過去にどれだけのお金と情熱を注ぎ込んだとしても、未来のキャッシュを生み出せないのであれば、撤退を真剣に検討すべき時が来ている」という視点です。 まとめ——戦略会計が目指す未来 社長の仕事は、過去の投資のモトを取ることではありません。手元にある限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ)を、より多くのキャッシュを生み出せる事業へ振り向け直し、会社の未来を切り拓くことです。時間価値(金利)・タックス・シールド・NPV・そして埋没原価の切り捨て——これらの戦略会計の考え方を道具として、過去への未練を断ち切り、会社を明るい未来へと導く「退く勇気」を持っていただければと願います。 全7回にわたる長旅、本当にお疲れ様でした。最後までご愛読いただき、誠にありがとうございました。 ※本記事は掲載時点の法令・会計基準に基づいて作成しています。その後の改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の会計・税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。 【参考文献】本連載の執筆にあたり、以下の書籍・法令等を参考にさせていただきました。 <書籍> ・『[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』(高田直芳 著/PHP研究所) ・『世界のプロが学ぶ会計の教科書 資産負債アプローチで使える知識を身につける』(吉成英紀 著/日本経済新聞出版) ・『この1冊ですべてわかる 会計の基本』(岩谷誠治 著/日本実業出版社) ・『この1冊ですべてわかる 管理会計の基本』(千賀秀信 著/日本実業出版社) ・『管理会計 第七版』(櫻井通晴 著/同文舘出版) ・『財務会計講義 第25版』(桜井久勝 著/中央経済社)
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第6回 経営者のための経営戦略 ~リースか購入か、使い続けるか——「埋没原価」を断ち切る設備導入の決断~
前回は、新規事業が立ち上がった直後に猛烈な勢いで現金を食いつぶす「正味営業運転資金」の恐ろしさについて解説しました。機械を買うお金だけでなく、売掛金や在庫に縛り付けられる運転資金までを考慮しなければ、黒字倒産の罠にハマってしまいます。 今回は中小企業の社長が日常的に直面する「究極の選択」について考えてみましょう。事業に必要な機械や営業車を導入するとき、社長は常に2つの選択肢の間で悩み続けることになります。「銀行から借金をして『購入』するべきか、それとも『リース』にするべきか?」 ポイント① 社長を悩ませる「感情的」なメリット・デメリット 多くの社長は、この選択を以下のような「感覚」で決めてしまっています。 リースの印象 頭金がいらず毎月のリース料を経費で落とせるから資金繰りがラク。しかし総支払額で見ると手数料(金利相当分)が上乗せされて損をした気分になる 借入購入の印象 最終的に自社の持ち物(資産)になるから得な気がする。しかし借入枠を使い切ると、いざというときの運転資金が借りられなくなるかもしれない 営業マンのセールストークや、こうした「なんとなくの感情」で決断を下すのは、戦略会計においてはご法度です。リースが得か購入が得かは、「どちらが最終的に手元により多くのキャッシュを残してくれるか」という観点から、ドライに比較しなければなりません。 ポイント② 2つの案を「同じテーブル」に乗せ、共通項目を捨てる どちらが得かを判定するためには、両者の条件をNPVを計算するためのワークシートという「同じテーブル」に乗せる必要があります。リースか購入かを比較する際、どちらの案を選んでも共通して発生する売上高や材料費・人件費などは、計算から切り捨てて構いません。どちらを選んでも同じ結果になるデータは、意思決定に影響を与えない「埋没原価」だからです。 純粋に、リースと借入購入で「違いが生じる部分」だけを抜き出します。 借入購入案 【出ていくお金】毎年の元本返済と支払利息 【節税効果】減価償却費と支払利息が費用になることで法人税が安くなる リース案 【出ていくお金】毎年のリース料 【節税効果】リース料が費用になることで法人税が安くなる これら「出ていくお金」と「節税によるキャッシュ増」を毎年相殺し、その年の「正味キャッシュフロー」を算出します。 ポイント③ 表面上の「総支払額」に騙されてはいけない たとえば、耐用年数5年の機械を導入するとします。借入購入案は金利3%で5,000万円を借り入れ、リース案は毎年のリース料が1,100万円(5年間で総額5,500万円)だとします。単純な支払い総額だけを比べれば「リース案のほうが500万円も余計に払うから借入購入のほうが得だ」と飛びついてしまいそうになります。 しかし、緻密なワークシートを作って「タックス・シールドによる節税効果」と「時間価値による現在価値の目減り」をすべて計算に組み込むと、結果が変わることがあります。借入購入案では初年度に多額の消費税負担が生じたり、減価償却費のタイミングによって節税効果が変動したりします。一方でリース案は、毎年のリース料が平準化されて費用となるため、節税効果が均等に訪れます。これをすべて時間価値を使って現在価値に割り引いて比較すると、表面上は支払額が大きかった「リース案」のほうが、現在価値ベースで見ると手元のキャッシュが多く残るケースも実務では起こり得ます。直感に反する結果が出ることがあるからこそ、丁寧な試算が重要なのです。 ポイント④ 第3の選択肢「古い機械を使い続ける(取替投資)」 リースか購入かの比較方法が分かったところで、実はその前段階として、もう一つの重要な選択肢があります。それは「そもそも新しい機械を導入せず、今ある古い機械を修理しながら使い続ける(現状維持)」という選択です。新しい機械に入れ替えるか、古い機械を使い続けるか——これを管理会計では「取替投資」の意思決定と呼びます。 この「現状維持案」も、リース案や借入購入案と全く同じワークシートに乗せて、未来のキャッシュフローの現在価値を比較することができます。 ポイント⑤ 「帳簿価額」という過去の亡霊(埋没原価)を断ち切る この取替投資を検討する際、社長の決断を最も鈍らせるのが古い機械に対する未練です。「この古い機械は、まだ帳簿上に未償却残高(帳簿価額)が1,000万円も残っている。今ここで新しい機械に取り替えて処分してしまったら、除却損が出て大赤字になってしまう。もったいないから壊れるまで使い続けよう」——。 しかし、ここで戦略会計の重要な考え方が登場します。過去に支出してしまったお金や、過去の取引の計算結果にすぎない「古い機械の帳簿価額」は、これからの意思決定には関係のない「埋没原価(サンクコスト)」です。現状維持を選ぼうが新機種に取り替えようが、将来の現金流出には無関係な過去の数字です。 さらに、会計上の「除却損」はお金が出ていかない費用です。利益を圧縮して法人税を安くする(タックス・シールドを生む)効果すら持っています。古い機械の帳簿価額は比較計算から切り捨て、「現状維持案と取替案が未来にもたらすキャッシュフローの差額」だけを比較することが、正しい判断の出発点となります。 まとめ 「リースか、購入か」、そして「新しい機械に取り替えるか、古い機械を使い続けるか」——こうした究極の選択は、手数料の多寡や「帳簿上の未償却残高がもったいない」といった感情論で決めるものではありません。「資金の出入り」と「タックス・シールド(節税効果)」を丁寧に予測し、過去の「埋没原価」を切り捨て、すべてを「時間価値(現在価値)」で比較する——この思考法が、戦略会計における論理的な決断の土台となります。 次回(第7回・最終回)は、経営者が最も頭を抱える最大の決断「不採算事業からの撤退」を取り上げます。前シリーズで学んだ「戦術的撤退」と今回の「戦略的撤退」の違いを明らかにし、経営者の心を縛り付ける「もったいない」という感情——すなわち「埋没原価(サンクコスト)」を断ち切る勇気について解説します。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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第5回 経営者のための経営戦略 ~黒字でも倒産する——新規事業に潜む「正味営業運転資金」の罠~
前回は、時間価値と減価償却費が生み出す節税効果(タックス・シールド)をすべて織り込み、設備投資が会社にいくらの富をもたらすかを判定する絶対基準「NPV(正味現在価値法)」について解説しました。NPVが見事にプラスになり、社長は自信を持ってGOサインを出しました。銀行から機械の購入代金1,000万円をきっちり借り入れ、いざ事業スタートです。 しかし、事業が計画通りに売上を伸ばし、決算書も「黒字」であるにもかかわらず、手元の預金残高がみるみる減っていき、ついには仕入代金や社員の給与が払えなくなる……いわゆる「黒字倒産」の危機に直面することがあります。なぜ、機械代を全額銀行から借りて、事業も黒字なのに資金がショートするのでしょうか。それは、新規事業の立ち上げに必要なもう一つのお金、「正味営業運転資金」を見落としているからです。 ポイント① 社長の盲点「正味営業運転資金」とは? ビジネスでは、商品を仕入れてから販売し、最終的に現金として回収するまでに「タイムラグ」が生じます。商品を販売してもすぐには現金にならず「売掛金」になります。売るための商品をあらかじめ仕入れておかなければならず、倉庫には「在庫」が積み上がります。一方で、仕入先への支払いは少し待ってもらえる「買掛金」が存在します。 この営業活動のサイクルの中で、会社が立て替えておかなければならない資金を「正味営業運転資金」と呼びます。計算式はシンプルです。 正味営業運転資金 売掛金 + 在庫 - 買掛金 ポイント② 売上が伸びるほど、キャッシュは猛烈に奪われる 新しい事業が軌道に乗り、売上がどんどん伸びている状態を想像してください。社長は「儲かっている!」と喜びますが、キャッシュフローの観点からは非常に危険な状態です。売上が増えれば増えるほど、売掛金や在庫も膨れ上がり、多額の現金が「正味営業運転資金」として現場に吸い取られてしまうからです。 新規事業の初年度、見事に売上高5,000万円を達成しました。しかしその結果、年度末の残高が以下のようになったとします。 売掛金の残高 1,500万円 在庫の残高 1,000万円 買掛金の残高 800万円 正味営業運転資金 1,500万円 + 1,000万円 - 800万円 = 1,700万円 初年度に1,700万円もの現金が、売掛金や在庫という形に姿を変えて事業に縛り付けられてしまいました。損益計算書上は「黒字」に見えても、実際には1,700万円の強烈なキャッシュ・アウトが発生しているのです。 ポイント③ 機械代しか借りていないと「即死」する もし社長が、事業スタート前に「機械の購入代金(1,000万円)」しか銀行から借りていなかったらどうなるでしょうか。現場では売上を作るために1,700万円の運転資金が追加で必要になっています。この1,700万円を自社の手持ち資金でカバーできなければ、その時点で資金繰りは完全にストップし、黒字のまま倒産してしまいます。 NPVの計算においては、機械の購入代金だけでなく、「初年度に増加する正味営業運転資金によるキャッシュ・アウト」を初期の投資額としてシミュレーションに組み込むことが重要です。業種や取引条件によって売掛金・在庫・買掛金の水準は大きく異なるため、自社の実態に即した予測が求められます。 ポイント④ 正味営業運転資金には「法人税」は無関係 第3回で「減価償却費などの計算においては、法人税の節税効果(タックス・シールド)を考慮しなければならない」とお伝えしました。しかし正味営業運転資金の増減に対しては、法人税は一切関係しません。 なぜでしょうか。売掛金・在庫・買掛金はすべて「貸借対照表(バランスシート)」に属する項目です。貸借対照表の項目が増減するだけの取引に対して法人税が課されることはありません。したがって正味営業運転資金が増減しても、法人税の増加額・節約額は「ゼロ」としてシミュレーションするのが正しいルールです。 ポイント⑤ プロジェクト終了時に「運転資金」は戻ってくる 「そんなに運転資金でお金を奪われるなら、新規事業には手を出せない」と絶望する必要はありません。正味営業運転資金は、永久に奪われっぱなしの資金ではないからです。 仮にプロジェクトが5年間で終了するとします。終了に近づくと、新しく在庫を仕入れるのをやめ、倉庫の在庫をすべて売り払います。お客様から売掛金を全額回収し、仕入先への買掛金を支払い終えると——事業期間中ずっと現場に縛り付けられていた正味営業運転資金の残高がゼロになり、最終年度に強烈なキャッシュ・インとして会社の手元にドカンと戻ってくるのです。正味営業運転資金とは、「事業を回すために一時的に現場に預けておく保証金」のようなものだと言えます。 まとめ 新しい設備投資や新規事業を計画する際、「正味営業運転資金の増減」を計算に組み込むことを忘れないでください。事業開始時には運転資金の増加によるキャッシュ・アウトが、事業終了時には運転資金の回収によるキャッシュ・インが発生します。このダイナミックな資金の動きを正確に予測し、必要な資金を事前に手当てしておくことが、黒字倒産のリスクを下げる重要な一手となります。 リースと購入の比較・取替投資の意思決定・埋没原価を断ち切る撤退の決断など、戦略会計を実践するための具体的な手法について、今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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第4回 経営者のための経営戦略 ~「何年でモトが取れるか」では足りない——設備投資の絶対基準「NPV」とは~
前回までで、戦略会計における「3つの武器」を手に入れました。「お金の時間価値(第1回)」「投資のハードルとなる税引後実質金利(第2回)」「減価償却費が生み出すタックス・シールド(第3回)」です。今回はいよいよこれらを総動員して、数百万・数千万円の機械を買うべきか否かの最終決断を下す最強の判断ツール「NPV(正味現在価値法)」について解説します。 ポイント① 「何年でモトが取れるか?」——社長が愛する回収期間法 設備投資を検討する際、中小企業の社長がよく口にするセリフがあります。「その機械、何年でモトが取れるの?」投資した金額を毎年のキャッシュフローで何年かけて回収できるかを計算する手法を、管理会計では「回収期間法」と呼びます。 たとえば1,000万円の機械を導入し、毎年250万円の現金を生み出すなら、1,000万円 ÷ 250万円 = 4年。「4年でモトが取れるなら買おう!」という具合です。計算がシンプルで直感的にわかりやすく、「早く現金を回収して資金繰りの不安から逃れたい」という経営者の心理にも合致しているため、実務の現場で大人気の指標です。しかし戦略会計の視点から見ると、回収期間法だけで数千万円の投資を決断するのは極めて危険です。 ポイント② 早く安心したい心理が招く「2つの罠」 なぜ回収期間法は危険なのでしょうか。理由は2つあります。 罠その1:お金の「時間価値」を無視している 第1回でお伝えした通り、「今日の100万円」と「3年後の100万円」は価値が違います。しかし回収期間法は、1年目の250万円も4年目の250万円も全く同じ「250万円」として足し算してしまいます。金利という厳しい現実を計算から締め出してしまっているのです。 罠その2:モトを取った「後」の利益を無視している 工場に導入する機械を「A案」と「B案」のどちらにするか迷っているとしましょう。どちらも導入費用は1,000万円です。 A案 B案 年間キャッシュフロー 400万円 300万円 寿命 3年 5年 回収期間 2.5年 3.3年 トータルの儲け +200万円 +500万円 回収期間法では「早くモトが取れるA案を採用する」という結論になります。しかし寿命を迎えるまでのトータルの儲けはA案が200万円、B案が500万円です。回収期間法は回収期間以降に生み出されるキャッシュフローを評価から切り捨てるという致命的な欠陥があります。早く安心したいがために、会社を長期的に成長させる「金の卵」をドブに捨ててしまう危険性があるのです。 ポイント③ 武器をすべて使って「真のキャッシュ」を計算する そこで登場するのが、投資判断の絶対基準となる「NPV(Net Present Value:正味現在価値法)」です。先ほどの「B案(投資額1,000万円・毎年300万円の現金を生み出し・寿命5年)」をNPVで判定してみましょう。割引率(税引後実質金利)を5%、法人税の実効税率を30%とします。 ここで、第3回で学んだ「タックス・シールド」が火を噴きます。1,000万円の機械を5年で減価償却すると、毎年200万円が帳簿上の費用になります。これに実効税率30%を掛けると、毎年60万円(=200万円×30%)の法人税が節約され、手元のキャッシュが増えることになります。 事業が生み出す現金 300万円 タックス・シールド(節税による現金の増加) 60万円 毎年の正味キャッシュフロー合計 360万円 ポイント④ 未来のお金を「いまの価値」に割り引く この「毎年360万円」を、自社の投資ハードルである「税引後実質金利(第2回参照)」を割引率として現在価値に引き直します。今回は割引率5%として、1年ごとに異なる「割引係数」を掛け合わせていきます。 年次 キャッシュフロー 割引係数 現在価値 1年目 360万円 0.952 約343万円 2年目 360万円 0.907 約326万円 3年目 360万円 0.864 約311万円 4年目 360万円 0.823 約296万円 5年目 360万円 0.784 約282万円 合計 1,800万円 —— 約1,559万円 単純に360万円×5年=1,800万円と計算する回収期間法と異なり、時間価値を考慮すると現在価値の合計は約1,559万円になります。年数が経つほど割引係数が小さくなり、将来のキャッシュの価値が目減りしていくことがわかります。 ポイント⑤ 真の絶対基準「NPV」による最終ジャッジ 未来のキャッシュフローの現在価値(約1,559万円)が計算できたら、初期投資額(1,000万円)を差し引きます。 NPV 約1,559万円(回収額の現在価値)- 1,000万円(初期投資額)= +559万円 NPVが「プラス」なら投資を実行(GOサイン)、「マイナス」なら投資を見送る——ただそれだけです。今回のケースではNPVは+559万円と見事にプラスになりました。これは、銀行への利息や保証料などの資本コストをすべて賄った上で、会社の価値が現時点で559万円増えることを意味します。社長は自信を持ってGOサインを出せるのです。 ポイント⑥ NPVの「落とし穴」と「退く勇気」 ただし、NPVは万能ではありません。計算結果の精度は、インプットとなる2つの数字の精度に完全に依存します。ひとつは割引率(税引後実質金利)の設定、もうひとつは将来キャッシュフローの予測です。割引率をわずかに変えるだけでNPVは大きく変わりますし、楽観的な売上予測を入れれば、NPVはいくらでもプラスにできてしまいます。「NPVがプラスだから大丈夫」と過信せず、インプットとなる数字の根拠を厳しく吟味することが不可欠です。 そのうえで、NPVがマイナスになる投資案件は、実行すればするほど自社のキャッシュを毀損することを意味します。現実には、甘い需要予測や「なんとかなるだろう」という感情論に踊らされて投資を強行し、後で資金繰りに苦しむケースが後を絶ちません。NPVという論理的な基準を持つことは、社長に「進む勇気」を与えるだけでなく、致命傷を避けるための「退く勇気」をも与えてくれるのです。 まとめ 「何年でモトが取れるか」という回収期間法は、資金繰りの安全性を測る目安としては便利ですが、投資の採算性を判定する絶対基準にはなり得ません。時間価値(金利)・税引後実質金利・タックス・シールドをすべて織り込む「NPV(正味現在価値法)」は、設備投資の判断において最も論理的で強力なツールのひとつです。ただし、その威力はインプットとなる数字の質に左右されます。信頼できる数字を丁寧に積み上げることが、正しい投資判断への近道です。 黒字でも会社を資金ショートの危機に陥れる「正味営業運転資金」の罠・リースと購入の比較・取替投資の意思決定など、戦略会計を実践するための具体的な手法について、今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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第3回 経営者のための経営戦略 ~黒字なのに手元にお金がない!減価償却費が創り出すキャッシュの正体~
前回は、中小企業にとっての投資ハードルとなる「借入金利」について解説しました。銀行への支払利息や信用保証料が費用になることで法人税が安くなり、実質的な金利負担を引き下げる「節税効果(タックス・シールド)」があることに触れました。 しかし、設備投資の世界には、利息や保証料の節税効果など足元にも及ばないほど、劇的に会社のキャッシュを創り出す「魔法の費用」が存在します。それが「減価償却費」です。今回は、この減価償却費が持つ特殊な性格と、戦略会計における最重要概念「タックス・シールド」の正体を解き明かします。 ポイント① お金が出ていかない不思議な費用「減価償却費」 たとえば、製造機械を3,000万円で一括購入したとします。この3,000万円は購入時に全額キャッシュとして会社から出ていきます。しかし会計のルール上、この3,000万円をその年の費用として全額計上することはできません。機械が稼働する年数(耐用年数)にわたって少しずつ分割して費用に計上していく——これが「減価償却」です。 仮にこの機械の減価償却費が「毎年600万円(5年間)」だったとしましょう。2年目・3年目の決算書に「減価償却費 600万円」という費用が計上されますが、この600万円はその年に誰かに支払っている現金でしょうか? 違いますよね。機械の代金3,000万円はすでに購入時に支払い済みです。つまり減価償却費とは、利益を計算するためだけに帳簿上に記録される「お金が出ていかない費用(非資金費用)」なのです。 ポイント② 社長を悩ませる「利益とキャッシュのズレ」 「決算書では利益が出ているのに、預金通帳には全然お金がない!」——中小企業の経営者からよく聞く悲鳴です。この「黒字なのに資金ショートしそう」という現象を引き起こす原因が、会計特有の2つのズレです。 元本返済 お金は確実に出ていくが、損益計算書上の「費用」にはならない 減価償却費 お金は1円も出ていかないのに、損益計算書上では多額の「費用」として引かれる この2つの強烈なズレが、社長の頭を混乱させ、最悪の場合は黒字倒産を引き起こす原因となるのです。 ポイント③ 「減価償却を計上しない」という危険な誘惑 減価償却費が「お金が出ていかない費用」であることを逆手に取り、業績が苦しいとき経営者がある誘惑にかられることがあります。部品メーカー(K社)の事例でシミュレーションしてみましょう。 現金収入(売上高) 2,000万円 現金支出費用(材料費・人件費など) 1,000万円 減価償却費 600万円 税引前利益 400万円 K社の社長はこの数字を見て頭を抱えました。「利益がたったの400万円では銀行からの見栄えが悪い。減価償却費の600万円を今年は計上しないでおこう」——減価償却費を計上しなければ、税引前利益は一気に「1,000万円」に跳ね上がります。しかしこの判断は、会社の命綱であるキャッシュの観点から見ると、まさに自殺行為なのです。 ポイント④ 利益は「嘘」をつくが、税金は「現金」を奪う なぜ自殺行為なのか。それは「法人税」の存在を忘れているからです。実効税率30%として、正しく減価償却を計上した場合(パターンA)と、計上しなかった場合(パターンB)を比較してみましょう。 パターンA(正しく600万円計上) パターンB(0円でカサ上げ) 税引前利益 400万円 1,000万円 法人税(30%) 120万円 300万円 当期純利益 280万円 700万円 パターンBの方が当期純利益は大きく、見栄えの良い決算書になります。しかし法人税も300万円に跳ね上がりました。利益は帳簿上の計算で作れますが、税金はごまかしのきかないリアルなキャッシュ・アウトです。 ポイント⑤ 手元に残る「真のキャッシュ」を計算する 経営の絶対基準である「最終的に会社にいくらの現金が残ったか」を計算してみましょう。 パターンA パターンB 現金収入 2,000万円 2,000万円 現金支出 △1,000万円 △1,000万円 法人税支払 △120万円 △300万円 正味キャッシュフロー +880万円 +700万円 驚くべき事実が浮かび上がりました。決算書上は「当期純利益700万円」と儲かっているように見えたパターンBの方が、実際に会社に残った現金は少ないのです。逆に利益がたった280万円だったパターンAの方が、会社に880万円ものリアルな現金を運び込んでくれています。 ポイント⑥ 「タックス・シールド」がキャッシュを創り出す パターンAとパターンBのキャッシュの差額は180万円(=880万円-700万円)です。この差はどこから生まれたのでしょうか。 タックス・シールド 減価償却費 600万円 × 実効税率 30% = 180万円 お金が出ていかない費用である減価償却費を帳簿に正しく計上することで利益が圧縮され、結果として「支払うべき法人税を180万円減らす」ことができたのです。この、減価償却費によって節約された法人税の額を、戦略会計では「タックス・シールド(法人税節約額)」と呼びます。 減価償却費そのものが直接現金を増やすわけではありません。しかし、減価償却費が利益を覆い隠す「盾(シールド)」となることで、法人税というキャッシュ・アウトを防ぎ、手元の現金を相対的に増加させる強烈な効果を生みます。減価償却費は、会社の現金を法人税から守る「見えない盾」として機能しているのです。 まとめ 設備投資の経済性を評価するDCF法においては、このタックス・シールドの計算が絶対に欠かせません。新しい機械を買うかどうかを判断するとき、売上増加やコスト削減の効果だけでなく、「その機械の減価償却費が毎年いくらのタックス・シールドをもたらすか」まで正確にシミュレーションに組み込まなければ、正しい投資判断は下せないのです。 「利益」を追うとキャッシュを失い、「キャッシュ」を追うと企業価値が高まる——これが戦略会計の真髄です。NPVによる設備投資の判断基準・リースと購入の比較・取替投資の意思決定など、戦略会計を実践するための具体的な手法について、今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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第2回 経営者のための経営戦略 ~「2%で借りた」は本当か?投資のハードルとなる「真の借入金利」を見抜く~
前回は、戦略会計の最大の武器である「DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法」について解説しました。将来得られる現金を「金利(利回り)」で割り引いて現在の価値に換算するという考え方です。 では、自社の投資プロジェクトを評価するための基準となる「金利」は、いったい何%に設定すればよいのでしょうか。大企業のファイナンス理論では「加重平均資本コスト(WACC)」という複雑な概念を使いますが、中小企業の現場にはもっとシンプルで強力な基準があります。それが「銀行の借入金利」です。今回はその「本当の金利」を見抜く方法を解説します。 ポイント① 投資の最低ハードルは「銀行借入金利」である 中小企業が設備投資や新規事業の資金を調達する際、その多くは銀行からの借り入れによって賄われます。仮に年利3%で借り入れた資金を使って設備投資を行った場合、その設備が3%以上の利回りを稼ぎ出してくれなければどうなるでしょうか。事業で稼いだキャッシュよりも銀行に支払う利息の方が大きくなり、正味のキャッシュフローはマイナスに転落してしまいます。 つまり、「銀行からの借入金利」こそが、その会社が投資において最低限超えなければならないハードル(資本コスト)となるのです。「この投資の利回りは、うちの借入金利を確実に上回っているか?」——経営者はこの問いをシビアな目でチェックしなければなりません。 ポイント② 罠その1——「表面金利」を信じてはいけない 「うちの借入金利は2%だから、投資のハードルも2%だな」と納得した社長、ちょっと待ってください。銀行が提示する借用書の「表面金利」をそのまま投資のハードルとして使ってはいけないケースがあります。それが「実質金利」の罠です。 ある製造業(M社)の事例でシミュレーションしてみましょう。M社の社長は生産能力拡大のために銀行から5,000万円の融資を受けました。表面金利は2%です。しかしこの融資は信用保証協会の保証付き融資であったため、保証料が年率0.8%別途発生しました。 信用保証付き融資とは、信用保証協会が融資の保証を行うことで中小企業が借り入れやすくなる制度です。しかし、保証料は表面金利とは別に発生するコストであるため、実質的な借入コストは表面金利よりも高くなります。この場合、M社の「本当の金利」は何%になるでしょうか。 実際に支払うコスト 利息(5,000万円 × 2%)+ 保証料(5,000万円 × 0.8%)= 140万円 実質金利 140万円 ÷ 5,000万円 = 2.8% 社長は表面上「2%」で借りたつもりが、保証料を含めると実質「2.8%」のコストを負担していることになります。「2%の利回りが出れば十分だ」と甘く見て投資を決断してしまうと、この0.8%のコスト差がボディブローのように資金繰りを圧迫することになるのです。 ポイント③ 罠その2——「節税効果」が金利を押し下げる 「実質金利を計算したら投資のハードルが上がってしまった……」と落胆するのは早計です。ここで、もう一つの重要な要素「税金」が絡んできます。実は法人税の存在が、実質的な借入金利を押し下げてくれるのです。 会社が銀行に支払う「支払利息」や信用保証協会に支払う「保証料」は、損益計算書上では費用として計上されます。費用が増えれば税引き前利益が減り、結果として法人税が安くなります。借金をしてコストを払うことで税金が安くなる——これを「節税効果(タックス・シールド)」と呼びます。 M社の実効税率が30%だったとします。利息・保証料が費用になることで、その負担分の30%が税金として「戻ってくる」のと同じ効果が得られます。投資のハードルとなる真の金利は、実質金利からこの節税効果分を差し引いた「税引後実質金利」で計算しなければなりません。 税引後実質金利 実質金利 2.8% × (1 - 実効税率 30%) = 1.96% 保証料によって「2.8%」に跳ね上がっていた投資のハードルが、節税効果を加味することで最終的に「1.96%」まで下がりました。DCF法で未来のキャッシュを現在価値に割り引く際には、この「税引後実質金利」こそが社長が採用すべき「真の割引率」となるのです。 まとめ 「うちの投資ハードルは何%か?」という問いに対して、経営者は借用書の表面金利を鵜呑みにしてはいけません。信用保証料による実質金利の上昇、そして利息・保証料による節税効果——この2つの要素を計算に組み込んで初めて、正しい「割引率」が導き出せます。 減価償却費が生み出すタックス・シールドの仕組み・NPVによる設備投資の判断基準など、戦略会計を実践するための具体的な手法について、今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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第1回 経営者のための経営戦略 ~「今日の100万円」と「2年後の100万円」は価値が違う~
前シリーズ(全15回)では、目標売上の決め方や日々の予算管理から始まり、「自製か外注か」「セールスミックス(どの商品を優先して売るか)」といった、さまざまな意思決定について学んできました。これらはすべて「いかにして向こう1年以内の短期的な利益を最大化するか」というテーマに基づいており、管理会計の世界では「業務的意思決定(戦術会計)」と呼ばれます。 今回からスタートする新シリーズでは、その「戦術」からさらに視座を高くし、「5年・10年先を見据えた中長期の投資判断」、すなわち「戦略的意思決定(戦略会計)」の世界へと踏み込みます。数百万・数千万円もする機械や設備を購入すべきか。銀行から借りるべきか、それともリースにすべきか——こうした「大きな決断」を、社長の勘や度胸ではなく、数字の裏付けをもって論理的に下すための思考法をお伝えします。 ポイント① 虫眼鏡で手元を見る「戦術」、望遠鏡で未来を見る「戦略」 CVP分析や限界利益を用いたこれまでの戦術会計は、例えるなら「虫眼鏡で手元の地図の細部をじっくり観察する」ようなものでした。数か月から1年以内という短期間を前提とするため、状況の変化が少ない「静態的な分析」と言えます。 しかし、今回から学ぶ戦略会計は違います。手元の地図から目を上げ、望遠鏡を使って「数年先にたどり着くべき大陸を捉える」ようなものです。3年・5年・10年といった長期のプロジェクトを対象とするため、絶えず変化する「動態的な分析」が求められます。そして、1年を超える長期間を扱うがゆえに、絶対に無視できない概念が新たに登場します。それが「時間概念(金利)」です。 ポイント② 究極の選択——「今すぐ100万円」か「2年後に110万円」か? 時間が経てば、お金の価値は変わります。今日手元にある100万円と、明日もらえる100万円は、厳密には「利息の分だけ違う価値」を持っています。この判断の基準となるのが「利回り」です。 ここで、社長の計数感覚を試す簡単なクイズを出しましょう。あなたの会社は余った資金を年利3%で運用できる(あるいは銀行から年利3%で借りている)とします。ある取引先から以下の2つの提案を受けました。どちらを選びますか? A案 今すぐ現金100万円をもらう B案 2年待って、現金110万円をもらう 「2年も待たされるのは嫌だ」という感情論はひとまず脇に置いてください。A案を選んで今すぐ100万円を受け取り、年利3%で2年間複利運用するとどうなるでしょうか。 1年後 100万円 × 1.03 = 103万円 2年後 103万円 × 1.03 = 約106万円(106.09万円) 今100万円をもらって運用しても、2年後には約106万円にしかなりません。それならば、2年後に110万円もらえるB案の方が圧倒的に有利と論理的に判断できます。 ポイント③ 「未来のキャッシュ」を「今の価値」に引き直す 上記のクイズは「今の100万円を未来の価値に換算する」アプローチでした。しかし、実際に設備投資を判断する際には、これと全く逆のアプローチを使います。つまり、「将来手に入るお金は、現時点でいくらの価値があるのか?」を計算するのです。これを「現在価値」と呼びます。 将来手に入るお金から金利の分を差し引いて今の価値を計算すること——これを「割り引く」と表現します。この、未来のキャッシュを利子率で割り引いて現在価値を算出する「DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法」が、戦略会計における中心的な思考ツールとなります。ただしその精度は、将来キャッシュフローの予測と割引率の設定に大きく依存します。 ポイント④ 乳牛の価値に学ぶ「会社の価値」 「将来のお金を現在の価値に割り引く」という考え方は、会社そのものの価値(企業価値)を測る際にも使われます。わかりやすい例え話で考えてみましょう。 ここに、1頭の立派な乳牛がいます。この乳牛の「価値」はいくらでしょうか? 今すぐ食肉加工業者に売却すれば50万円になるかもしれません。しかし、牧場で大切に育て、毎日ミルクを搾って売り続ければ、向こう5年間で合計300万円のキャッシュを稼ぎ出してくれるかもしれません。 会社もこれと全く同じです。今ある資産をバラ売りした価値ではなく、「会社が将来稼ぎ出すキャッシュフローの現在価値の総和」こそが、真の企業価値(事業価値)となるのです。 ポイント⑤ 価値の基準は「利益」ではなく「キャッシュ」 新シリーズを通じて忘れてはならない大原則があります。戦略会計における絶対的な価値基準は「利益」ではなく「キャッシュフロー(現金の出入り)」だということです。 新しい機械を買えば、決算書上は「減価償却費」が計上されて利益が減ります。しかし減価償却費は「お金が出ていかない費用(非資金費用)」です。数年がかりの設備投資プロジェクトを評価するにあたって、会計上の利益に一喜一憂してはいけません。実際に会社から出ていく現金(投資額)と、将来入ってくる現金(回収額)の現在価値を比較し、最終的に手元のキャッシュが増えるかどうかを判断の軸に置くこと——それが戦略会計の出発点です。 まとめ 「今日の100万円」と「未来の100万円」は、金利という時間価値が存在する以上、決して同じ価値ではありません。設備投資という「未来の儲けを期待して今お金を支払う」決断を下すためには、未来に生み出されるキャッシュを「現在価値」に割り引いて評価するDCF法の思考法が不可欠です。 銀行借入の金利と資本コストの考え方・減価償却が生み出すタックス・シールド・NPVによる投資判断など、戦略会計を実践するための具体的な手法について、今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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最終回 経営者のための経営分析実践[応用編] ~商品ラインの撤退判断とキャッシュフロー分岐点——数字で引導を渡す「引き際」の決断~
これまでは「いかに利益を最大化するか」という「攻め」の意思決定を中心に解説してきましたが、最後は経営者にとって最も重く、かつ最も重要な「守り」の意思決定である「商品ラインの撤退判断」を取り上げます。 新しい商品を立ち上げることよりも、今ある商品を「いつやめるか」を決断することの方がはるかに困難です。長年続けてきた商品への愛着や販売担当者への温情といった「感情論」に流されず、経営の命綱であるキャッシュを守るための「引き際」を、数字を使って論理的に見極める方法を解説します。 ポイント① 営業赤字=即撤退、ではない? 老舗のアパレルメーカー(T社)では、複数の商品ラインを展開していますが、数年前から手がけている「高級レディースコレクション(秋冬ライン)」が競合の激化により業績低迷していました。今期の同ラインの業績予測は以下の通りです。 売上高 4,000万円 変動費(材料費・縫製外注費など) 2,000万円 限界利益 2,000万円(限界利益率50%) 固定費 3,000万円 営業利益 ▲1,000万円(赤字) この数字を見たT社の社長は厳しい表情で宣告しました。「高級レディースコレクションは今期も1,000万円の営業赤字だ。このままでは会社全体のお荷物になる。残念だが、今月末でこの商品ラインからは完全に撤退しよう」 さて、この「赤字だから即撤退する」という判断は正しいでしょうか。管理会計の視点からは「ちょっと待った!」とストップがかかります。 ポイント② 商品ライン撤退の判断基準——限界利益がプラスかどうか 商品ラインを撤退すべきかどうかの最初のチェックポイントは、「営業利益が赤字かどうか」ではなく、「限界利益(売上高-変動費)がプラスかどうか」です。 T社の高級レディースコレクションは1,000万円の営業赤字を出してはいますが、限界利益は「+2,000万円」です。これは「変動費の支払いを済ませた上で、まだ2,000万円分の固定費を回収する力(付加価値)を残している」ということを意味します。今すぐ撤退してしまうと、この2,000万円の限界利益を丸々失い、かえって赤字の傷口を広げてしまいます。 逆に言えば、「限界利益がゼロ(またはマイナス)」になった時こそが、その商品ラインを続ける意味が完全に失われた時です。限界利益がマイナスになれば、商品を作って売れば売るほど変動費の分だけ会社のキャッシュが流出していきます。売上高が変動費を下回る状態では、販売すればするほど損をする構造になっているため、その商品ラインの中止を真剣に検討すべきラインと言えます。 ポイント③ 企業が倒産する最低ラインは「キャッシュ」にある T社の高級レディースコレクションは限界利益がプラスですから、即中止すべき段階には達していません。では、いつまでこの赤字商品ラインを続けていいのでしょうか。それを教えてくれるのが「キャッシュフロー分岐点」です。 そもそも、損益計算書の黒字・赤字は企業がつぶれるかどうかに直接関係しません。企業がつぶれるかどうかの最低ラインを示す情報は、財務諸表ではなく「キャッシュ(資金)」にあります。99円で仕入れて100円で販売する商売を続けていけばキャッシュが蓄積されていきますが、101円で仕入れて100円で販売する商売は、自分の貯蓄を取り崩すか外部から調達しない限り続けることができません。企業活動の最低ラインは、まさにこのキャッシュの増減にあるのです。 ポイント④ 減価償却費の魔法——利益とキャッシュのズレ T社の高級レディースコレクションの「固定費3,000万円」の中身を分解してみましょう。 キャッシュが出ていく固定費(専用設備のリース料・担当スタッフの給与など) 1,500万円 キャッシュが出ていかない固定費(設備の減価償却費など) 1,500万円 固定費合計 3,000万円 ここが最大のポイントです。会計上の費用である「減価償却費」はキャッシュの流出を伴いません。利益を計算する上では費用として差し引かれますが、実際の現金は手元に残っているのです。 ポイント⑤ 真の引き際「キャッシュフロー分岐点」を見極める T社の高級レディースコレクションの「本当のキャッシュの増減」を計算し直してみましょう。 稼ぎ出すキャッシュ(限界利益) +2,000万円 出ていくキャッシュ(現金を伴う固定費) -1,500万円 正味のキャッシュフロー +500万円 損益計算書上は「1,000万円の赤字」に見えていた高級レディースコレクションですが、キャッシュフローの観点で見ると「会社に500万円の現金を運び込んでくれている」のです。キャッシュが増えている以上、現時点での撤退は完全に悪手です。専用設備が寿命を迎えるまでは、この商品ラインを存続させてキャッシュを稼がせ続けるのが正解となります。 しかし、今後さらに売上が落ち込み、限界利益が1,500万円を下回る事態になれば、ついに「稼ぎ出すキャッシュ」よりも「出ていくキャッシュ」が上回り、正味キャッシュフローがマイナスに転落します。この「正味キャッシュフローがゼロになる売上高」こそが「キャッシュフロー分岐点」です。ここを下回ったら、ただちに商品ラインに引導を渡し、撤退を決断しなければ、会社全体の資金繰りを圧迫してしまいます。 ポイント⑥ 巨大企業が数千億円の赤字でも倒産しない理由 上場企業などの巨大メーカーが、時に数千億円という巨額の赤字を出しながらもすぐには倒産しない理由も、この理論で説明できます。巨大メーカーは過去の莫大な設備投資による「非キャッシュ固定費(減価償却費)」を大量に抱えています。そのため、損益分岐点を大きく下回って大赤字になっていても、手元の現金が回らなくなる「キャッシュフロー分岐点」はさらにずっと下方に位置しているのです。 しかし、明確な経営戦略もないままキャッシュフロー分岐点すら下回ってしまえば、いずれ資金繰りに行き詰まることは明白です。 ポイント⑦ 撤退は敗北ではない。次なる成長への布石である 「キャッシュフロー分岐点を下回った。だから撤退する」——この数字に基づいた冷徹な決断こそが、経営トップにしかできない重要な仕事のひとつです。 撤退は決して敗北ではありません。無駄なキャッシュの流出を食い止め、そこで解放された経営資源を自社の強みを活かせる新たな商品・事業へと再投資するための、前向きな決断です。数字という客観的な基準を社内で共有しておくことで、経営者は不毛な感情論に振り回されることなく、迅速に次の一手を打つことができます。 まとめ——全15回の連載を終えて 全15回にわたり、過去の業績を測る財務分析から、未来の意思決定を導くCVP分析・差額収支分析、そして予算管理と商品ラインの撤退判断までをお伝えしてきました。 決算書は、税務署や銀行に提出するためだけの「過去の記録」ではありません。固定費と変動費を見極め、キャッシュフローの動きに目を向けることで、決算書は未来のビジネスをデザインし、荒波を乗り越えるための「羅針盤」へと進化します。本連載でお伝えした管理会計の知識が、皆様の力強い経営判断の一助となれば幸いです。 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。 ※本記事は掲載時点の法令・会計基準に基づいて作成しています。その後の改正等により、記載内容が現状と異なる場合があります。個別の会計・税務判断については、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。 【参考文献】本連載の執筆にあたり、以下の書籍を参考にさせていただきました。 ・『[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』(高田直芳 著/PHP研究所) ・『世界のプロが学ぶ会計の教科書』(吉成英紀 著/日本経済新聞出版) ・『この1冊ですべてわかる 会計の基本』(岩谷誠治 著/日本実業出版社) ・『この1冊ですべてわかる 管理会計の基本』(千賀秀信 著/日本実業出版社) ・『管理会計 第七版』(櫻井通晴 著/同文舘出版) ・『財務会計講義 第25版』(桜井久勝 著/中央経済社)
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第14回 経営者のための経営分析実践[応用編] ~セールスミックスの意思決定——制約条件下で利益を最大化する「攻め」の決断~
これまで学んできたCVP分析(限界利益の考え方)の総決算として、今回は「複数の自社製品のうち、どれを優先して生産・販売すれば、会社全体の利益が最大化するのか?」という「セールスミックス(プロダクト・ミックス)の意思決定」について解説します。 ポイント① 「利益率の高い商品を優先して売れ!」は正しいか? 中堅の印刷会社(K社)の経営会議での出来事です。K社では、自社の印刷機を使って2種類の印刷物を受注・製造しています。それぞれの1件あたりの価格とコスト構造は以下の通りでした。 製品A(高級カタログ印刷) 製品B(チラシ・フライヤー印刷) 販売価格(1ロットあたり) 1,000,000円 800,000円 変動費(1ロットあたり) 500,000円 600,000円 限界利益(1ロットあたり) 500,000円 200,000円 限界利益率 50% 25% K社の社長は、営業部長と工場長にこうゲキを飛ばしました。「うちの稼ぎ頭は、1ロット(1,000部単位)受注すれば50万円も限界利益が出て、利益率も50%と圧倒的に高い『製品A』だ。利益率の低い製品Bはそこそこにして、これからは全社を挙げて製品Aを優先的に受注して作れ!」 さて、この社長の判断は「経営として当然の指示だ」と思われるでしょうか? ポイント② ビジネスに潜む「ボトルネック(制約条件)」を見逃すな 結論から言えば、社長のこの指示は会社に多大な「機会損失(儲けそこない)」をもたらす危険な判断です。 もし工場に無限の生産能力があり、市場にも無限の需要があるのなら、「1件あたりの限界利益」や「限界利益率」が高い製品Aを優先して作るのが正解です。しかし、現実のビジネスには必ず「これ以上はどうにもならない」という「制約条件(ボトルネック)」が存在します。 K社の印刷物は、特殊な高精度印刷機を使って製造されますが、工場内の印刷機5台合計で年間20,000時間(1台あたり年間4,000時間)しか稼働できないという制約条件がありました。さらに、1ロットの印刷物を製造するために必要な機械の作業時間は以下の通りです。 製品Aの製造に必要な時間(1ロットあたり) 10時間 製品Bの製造に必要な時間(1ロットあたり) 2時間 ポイント③ 直感が裏切られる!「制約条件1単位あたり」の限界利益 視点を変えて、「制約条件(機械の稼働時間)1時間あたり、いくらの限界利益を稼ぎ出しているか」を計算してみましょう。 製品A 製品B 1ロットあたりの限界利益 500,000円 200,000円 製造に必要な時間 10時間 2時間 1時間あたりの限界利益 50,000円 100,000円 製品Aは1ロットあたりの利益額こそ大きいものの、作るのに時間がかかりすぎます。逆に製品Bは1ロットあたりの利益は少ないですが、短い時間で次々と生産できます。結果として「機械を1時間動かしたときに会社に入ってくる限界利益」は、利益率の低い製品Bの方が2倍多いのです。 年間20,000時間をそれぞれの製品に全振りした場合の限界利益総額を比較すると、その差は歴然です。 製品Aを優先した場合 2,000ロット生産 × 500,000円 = 10億円 製品Bを優先した場合 10,000ロット生産 × 200,000円 = 20億円 社長は「利益率の高いAを売れ」と指示しましたが、制約条件の下で真に会社の利益を最大化させる正解は、「Aの受注を絞ってでも、製品Bを全力で作って売る」ことだったのです。 ポイント④ 制約条件の種類によって「使うべき指標」は変わる 「機械の稼働時間」が制約となっているケースをご紹介しましたが、ビジネスの制約条件はそれだけではありません。制約条件が何であるかによって、経営者が使うべき判断指標は明確に変わります。 消費者の購買金額(予算)に限界がある場合 売上高に対する利益の割合である「限界利益率」が高い製品を優先する 消費者の購買数量や自社の生産数量に限界がある場合 「1個あたりの限界利益の額」が大きい製品を優先する 機械の稼働時間や労働時間に限界がある場合 「時間単位あたりの限界利益の額」が最も大きい製品を優先する 制約条件がない場合(理論上) 「限界利益の額」全体を最大化することを考える 経営者は「とにかく利益率の高いものを売れ!」と一律に指示するのではなく、「いま、自社のビジネスにおいて最も深刻な制約条件(ボトルネック)は何か?」を見極め、それに合わせた適切な指標を選択しなければなりません。 ポイント⑤ ボトルネックを解消し、全体最適を目指す 製品Bの生産に集中し、年間20,000時間の稼働時間を使い切ってしまった場合、それ以上売上を伸ばすことはできないのでしょうか。ここで登場するのが「外注」や「設備投資」の視点です。 製品Bの需要がまだ市場にあるのなら、ボトルネックとなっている「印刷機の稼働時間」を解消するために、新たな機械を購入したり一部の工程を外部業者に外注したりして、制約条件そのものを突破(生産能力の拡張)することを検討すべきです。「制約条件を見極めて利益を最大化するパズルを解くこと」と「制約条件そのものを投資によって解消すること」——この両輪を回すことが企業の力強い成長につながります。 まとめ 「限られた経営資源を使って、どの製品を優先して売るか」というセールスミックスの意思決定においては、表面的な「利益率」や「1件あたりの利益額」に騙されてはいけません。自社の最大のボトルネック(制約条件)が何かを正しく見極め、その制約条件のもとで最も効率よく限界利益を稼ぎ出す指標を選択することが、利益最大化への有効なアプローチです。 事業撤退の判断基準など、引き続き実践的なテーマを今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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第13回 経営者のための経営分析実践[応用編] ~「予算管理」の実践:月次予算の作り方と「差異分析」の活用~
CVP分析や差額収支分析を用いた「意思決定」について学んできました。今回は視点を少し変えて、決定した経営計画を組織全体で実行しコントロールするための強力なツールである「予算管理」の実践について解説します。 ポイント① 予算がないのは「ゴールのわからないマラソン」 「今年1年間でいくら売上を上げ、いくら費用を使い、結果としていくらの利益を出すのか」を具体的な数字の計画に落とし込んだものが「企業予算」です。 予算制度を持たない会社は、いわば「ゴールのわからないマラソン」に参加しているようなものです。目標とするゴール(予算)を計測・共有できなければ、日々の業務を正しい方向へ導くことはできません。予算は、経営における「PDCAサイクル(計画・実行・確認・対策)」の出発点(Plan)となる極めて重要な役割を担っています。 ポイント② 予算編成はトップと現場の「キャッチボール」 予算を作る際、「トップダウン式」と「ボトムアップ式」のどちらが良いかという議論がよく起こります。 トップダウン式 社長が一方的に目標を押しつける形。現場の不満が高まり、予算が無視される傾向がある。 ボトムアップ式 現場の各部門に作らせた予算をただ足し合わせる形。達成しやすい低い目標になりがちで、全社的な経営方針と矛盾しやすい。 優れた予算編成は、この両者の折衷案で行われます。経営トップが「経営戦略と全社的な目標利益」を提示し、それをもとに現場の各部門が具体的な予算案を作成する。そして、トップと現場が議論を重ねてすり合わせていくプロセスは「キャッチボール」と呼ばれ、日本の多くの優れた企業で実践されています。 ポイント③ 「月次予算」の正しい作り方と順序 予算作成において陥りがちな間違いが、「売上目標を先に決めて、そこから経費と利益を計算する」という方法です。正しくは、以下の順番で逆算して作ります。 ① 目標利益の決定 借入金の返済や設備投資に必要な「絶対に稼ぐべき目標利益」をトップダウンで決める ② 限界利益率の予測 販売計画をもとに、自社の商品・サービスが平均してどれくらいの限界利益率を稼げるかを予測する ③ 固定費予算の見積り 人件費・家賃・広告費など、毎月発生する固定費の予算を見積もる ④ 必要売上高の逆算 (固定費予算+目標利益)÷ 限界利益率 = 必要売上高 ⑤ 変動費予算の決定 必要売上高から逆算して、仕入や材料費などの変動費予算を決定する 経営の意志である「目標利益」を起点に、CVP分析を活用して月次予算を組み立てることで、数字の辻褄が合った論理的な予算が完成します。 ポイント④ 「差異分析」でズレの原因を突き止める 予算(Plan)が完成し、日々の業務(Do)がスタートしたら、毎月の月次決算で「予算と実績のズレ」を確認(Check)する必要があります。これが「差異分析」です。 たとえば、ある部品メーカーで主力製品の売上高が予算より「33万円」足りなかったとします。「売上が足りないぞ!営業は何をやっている!」と怒る前に、その原因を分析しなければなりません。売上高の差異は以下の2つに分解できます。 販売価格差異 予定より安く売ってしまった(あるいは高く売れた)ことによるズレ 販売数量差異 予定より売れた個数が少なかった(あるいは多かった)ことによるズレ 仮に、販売数量は予算を大きく上回っていたにもかかわらず、営業マンが値引きをしすぎたために「販売価格差異」が大幅なマイナスとなり、売上高全体が未達になっていたとします。この場合、対策(Act)として打つべき手は「もっと売れ!」とハッパをかけることではなく、「値引きの承認ルールを厳格化する」ことになります。差異分析は犯人探しのためではなく、「次にどんな有効な対策を打つべきか」を科学的に導き出すためのツールです。 ポイント⑤ 予算の罠——「ゲーミング」と人間の心理 予算管理を導入すると、必ずと言っていいほど直面する問題があります。それが「ゲーミング」です。 部門の責任者は、自分の評価を上げるため(あるいは怒られないため)に、予算編成のキャッチボールの段階で「売上予算はできるだけ低く、経費予算はできるだけ高く」見積もろうと画策します。「今年は市場環境が極めて厳しい」「競合が強力な新製品を出してくる」といった理由を並べ立てて、自分に有利な予算を獲得しようとする駆け引きが行われます。 予算管理のシステムがいかに精緻であっても、それを動かすのは人間です。数字で厳しく縛り上げるだけでなく、従業員が自ら目標に向かって挑戦したくなるような「動機づけ(モチベーション管理)」や、現場の参加を促す「参加的予算管理」がセットになって初めて、予算管理は真の力を発揮するのです。 まとめ 「予算管理」は、単なる数字の割り当てやノルマの強制ではありません。会社のビジョンを具体的な数字の計画(予算)に落とし込み、差異分析を通じて軌道修正を図る「PDCAサイクルの心臓部」です。CVP分析を用いた論理的な月次予算の作り方と、現場とのキャッチボール、人間心理に配慮した動機づけの3つが揃って初めて、予算管理は機能します。 セールスミックスの意思決定・事業撤退の判断基準など、引き続き実践的なテーマを今後の記事で順次取り上げていく予定です。引き続きご覧いただけますと幸いです。
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